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第11話 勇者編:幼少の記憶


「……はあ」


 月の光と、ロウソクの灯火が照らす自室。ベッド横のサイドテーブルに置かれた水と、小さな包み紙を前に、僕は憂鬱だった。

 駄々をこねる訳にはいかない。自分のためだと、きちんと理解しているから。

 それでも、いつもこの時間は、少しだけ気合が必要だ。よし、と自分に喝を入れる。

 包み紙を開け、さらさらとした粉薬を口の中へ流し入れる。味も香りもないが、僕はこの薬が苦手だった。飲めば、必ず一晩寝込むからだ。全身の力が抜けて、立っていられなくなる。

 次の朝は、飲む前より体が軽くなるから、悪いものではないことは分かっている。だが、辛くなるのも事実だから、どうしても憂鬱になるのだ。

 動けなくなる前に、さっさと布団に潜り込むと、目を閉じる。眠っている間に始まって、終わることを祈る。自分の体が自分のものでなくなるような、あの感覚は、何度経験しても慣れないから。



 夢を見た。幼い頃……この村に、来たばかりの時の。


「お前いっつも本ばっか読んでるよなー」

「だから弱いんじゃねえの!」

「やーい弱虫!」

「こんな本、捨てちゃえばいいんじゃねえ?」

「それいいじゃん! そしたら強くなれるかもな!」


 抱きかかえた本を、いとも簡単に奪われ、見せびらかすように掲げられる。

 小柄で気弱だった僕は、おどおどと手を伸ばすしかできない。


「や、やめてよ……」

「悔しかったら取り返してみろよ」

「やれるもんならな!」

「ほら!」


 本を持った少年たちが、森の方へ駆けていく。僕は一生懸命追いかけるが、全く追いつくことができない。それどころか、すぐに体力が尽きて、木のそばに座り込んでしまった。


「なっさけねー」

「こんなん読んでても、弱かったら意味ないじゃん!」

「ほんとに捨てちゃおうか?」

「やめて……お爺様に、貰ったものなんだ」

「えーどうしよっかなー?」


 僕の反応を楽しむように、少年たちは、にやにやと笑う。本は取り返したい。でも、僕には頼むことしかできない。

 どうすれば、少年たちの気が変わるのか。そう考えていた時、かさりと木の上が揺れた。

 びくりとして振り向くと、そこにはカラスのような姿の魔物が、ぎらりとした目をこちらに向けていた。


「びっくりした……」

「なんだ、カラスか」

「おら、あっちいけよ!」


 少年たちの一人が、魔物を追い払おうと、小石を拾って振りかぶった。それを見た僕は、はっとして少年の腕を掴んだ。


「だ、だめ……!」

「うわ、なにすんだよ!」

「あれはレイヴンだよ! 攻撃したら、仲間を呼ばれるから、だめ!」


 レイヴン。カラスによく似ているが、カラスよりも凶暴で、仲間意識がとても強い。一羽一羽はそれほど強くないが、一羽やられると、集団でしつこく襲い掛かってくるので、かなり厄介な魔物なのだ。

 攻撃しなければ、危険な魔物でもないので、刺激しないように逃げれば大丈夫なのだが。

 よく観察していると、少し様子がおかしい気がする。最初は羽を休めているだけかと思ったが、何かを狙っているかのように、じっと一点を見つめている。

 レイヴンの視線を辿っていくと、そこにあったのは、少年にとられた僕の本だった。

 どうして本を、と思ったが、そこではっとした。装丁の金の印字だ。レイヴンは、光るものが大好きなのだ。このままだと、本を持っている少年が危ない。

 本を手放させなければ。

 そう思ったときには、遅かった。


「うわあ! なんだ!?」


 真っ黒な羽をばさりと広げて、少年めがけて一直線に飛んでいくレイヴン。少年は驚いて本を盾にするが、レイヴンの狙いは本なので、当然レイヴンは少年から離れない。僕はとっさに叫んだ。


「本を投げて! なるべく遠くに!」

「は!?」

「いいから早く!」


 戸惑いながらも、少年は僕の言うとおりに本を投げた。レイヴンは、本を追って飛んでいく。


「今だ、逃げろ!」


 村の方へ、振り返らずに走る。一番足が遅い僕が最後尾を走っていたが、魔物が追ってくる様子はなかった。



 その日の夕方。お爺様と二人で夕食をとっていた時、玄関からドアをノックする音が響いた。このような時間の来客は珍しいので、お爺様がわずかに眉間にしわを寄せる。

 お爺様は、玄関ドアの横にある窓に、足音を立てずに寄っていく。カーテンの隙間から外を窺い見ると、すぐに表情を緩めてドアを開けた。そこに立っていたのは、村人の女性だった。


「どうしました」

「うちの子……ダンを見ませんでしたか?」

「いないのですか?」

「ええ……一緒に遊んでいた子たちも、けっこう前に別れてから知らないって」


 ダン……確か、今日、僕の本を奪っていった子だ。

 僕が今日ダンと一緒にいたことを話すと、お爺様はふむ、と思案するように顎をさすった。


「もしかすると、本を探しに行ったのかもしれませんね」

「本?」


 お爺様には既に、本を失くしてしまったことを謝るために、今日の話をしている。

 お爺様がその話を女性にすると、女性は途端に怒りを見せた。


「またあの子はそんなことを……! ごめんなさいね、アベル、見つけたらきつく叱っておくから!」

「そのためにも、まずはダンを見つけなくては。私の予想が当たっているのならば、ダンは森にいるはずです。じき夜になる。村の男たちに声をかけて、皆で探しましょう」


 夕暮れの空に、紫色が滲み始めていた。


次も勇者編です。

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