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第10話 バッドエンドフラグ(仮)がやってきた


 入学してから二ヶ月が過ぎた。

 冒険に出る準備は、つつがなく進んでいる。

 部屋の荷物を、怪しまれない程度に売って資金にした。向かう国と、経路も決めた。

 魔女さんのお陰で、特訓も順調だった。あれから魔力の暴発もさせてないし。やっこさんも、着々と人間離れした動きをみせるようになっている。いや、それはいいことなのか知らんけど。

 心配だった、学園でのステータス鑑定は、魔女さんの幻術のお陰で乗り切った。あんな化け物ステータス知られたら、目立つに決まってるから、誤魔化せてよかった。魔女さんにはお世話になりっぱなしだ。

 本当に順調で。すっかり冒険に気持ちが傾いていた俺は、忘れていた。最初の目的を。


 たまたま、やっこさんがそばにいない昼食時。食堂で一人もそもそ、お昼を食べていた俺。近寄る影。見上げる俺。

 そこに佇んでいたのは、俺の中で空気と化していた婚約者の第一王子だった。

 びっくりして2センチくらい浮いたが、咳払いでごまかして王子を見る。


「…………」

「…………」

「…………」

「……?」


 え、何待ち? 何、この時間。居たたまれないんだが。

 ガン飛ばされながら、お食事をできるほどの神経を持ち合わせていない俺は、ナイフとフォークを置いて王子の挙動を見守る。

 何か言いたそうにはしているが、うまく言葉にならない。そんな感じだった。


 俺は記憶を取り戻してから今まで、婚約者の王子と会ったことがなかった。

 元はといえば、前世の記憶が戻る前のシェリルが望んだ婚約。今の俺は王子に興味はないし、王子も俺に興味はないだろうから、会うことなんてなかった。学園内でも接点はないし。

 だから、油断していた。無意識に、会うことはもうないだろう、なんて高を括っていた。まさか、向こうから接触を図ってくるとは。


 俺から何か言いだすこともできず、ただ見つめあうだけの甘くもない時間。鶏ステーキ冷めちゃうから、早くしてほしいんだけどな。

 もういっそのことお皿もって逃げようかな、なんて考えていたところ。ようやく、王子は口を開いた。


「貴女は」

「はい」

「友人が作れたのですね」

「はい?」


 喧嘩ですか? 買いますけど?

 というか、仮にも、久しぶりに会った婚約者に言うセリフが、それでいいのか、王子様よぉ?

 心だけ臨戦態勢に入ると、王子は俺の顔を見て、はっとしたように慌てた。

 おっと、心だけのつもりが、うっかり表に出ていたらしい。引っこめる気はないが。


「も、申し訳ありません。貶めるつもりで言ったのではありません」

「はあ」

「ただ、以前お会いした時の貴女は、友人など興味がないように見えたので」


 確かに。シェリルは、自分にしか興味のない人間だったから、その感想は間違っていない。だが、わざわざそんなことを言うために来た訳ではないだろう。

 何しに来たんだ? とジト目で見ていると、王子もそれを感じ取ったようで、少しだけ目を伏せた。


「少々、お尋ねしたいことがあったのです」

「何ですか?」

「最近、東の森に行かれましたか?」

「東の森?」

「弱い魔物が多く出る森です」


 ぎくり、とする。いつも訓練で行っている森のことか。

 答えはイエスだ。だが、質問の意図が掴めない。どう答えるべきだろう。

 何も言わない俺を見てか、王子は探り探り、といった感じで言葉を続けた。


「あの森で、強い魔物の目撃情報が出ているのです。それと、あの森に向かう貴女とコールリッジ嬢の姿も」

「そうですか」

「何か知りませんか?」

「……確かに、出入りはしてますが、強い魔物は知りません」


 言葉の真偽を見透かすように、俺の目の奥をじっと見てくる。やめてよ、人見知りなのに。

 かといって、安易に逸らすこともできず、王子と睨めっこする。はよ終われ。


「分かりました。今後もあの森に行くつもりなら、お気を付けて。姿なき魔物の噂もありますから」

「なんですか、それ」

「凄まじい力をもった何かが暴れたような痕跡が、いくつも見つかっているにも関わらず。それらしい魔物の姿を見た者は、一人もいないそうです」

「へ、へえ」

「そちらもご存知ありませんか?」

「いや、特には……」

「そうですか。街の自警団や冒険者ギルドには、既に討伐依頼を出していますが……なるべく近づかないようにしてください」

「ご忠告ありがとうございます」

「いえ……それでは」


 遠ざかる足音に、どっと疲れが押し寄せる。

 話している間も、ずっと探るような視線が痛かった。

 あの王子がどこまで知っているかはわからないが、用心しておくに越したことはない。今後は訓練を少し控えるか、場所を変えたほうがいいかもしれない。

 王子、侮れん。さすが、俺たちのバッドエンドフラグ(仮)。



「……ってことがあってさあー」

「うわー、王子怖えー」


 夜、俺の部屋。

 昼間あった恐怖の出来事を、やっこさんと共有する。


「強い魔物見たなんて言ったら、どうしたのか聞かれそうだから嘘吐いたけど。ばれてないかなあ」

「っていうか、姿なき魔物って、俺たちのことかな」

「だろうねえ」

「もうレベル上がんなくなってきたし、場所変え検討した方がいいかもね」

「それもいいけどさ」

「ん?」

「もうそろそろ、出てもいいんじゃない?」


 悪役令嬢らしい顔に、にやりと笑みを浮かべてみせる。

 やっこさんは、目をきらりと輝かせた。


「お、遂に!?」

「一ヶ月後に、学期末試験あるじゃん?」

「ああ、学園の森で、魔物狩る実技試験だっけ」

「なるべく怪しまれずに出るなら、それがチャンスだと思うんだよね。具体的な策はまだないんだけどさ」

「王子に目つけられてるかもしんないし、早く出たほうが良さそうだしね」

「それまでは、訓練の数減らして、魔女さんと三人で策練りたいなって」

「うん、賛成」


 遂に、国脱出計画の決行日が決まった。


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