第1話 ヒロイン、死す……?
某動画の雑談より生まれた話です。
「少人数で、捜索隊を編成してください。生徒たちを不安にさせてはなりませんから、このことは決して口外なさりませんよう。……大事なこの学園の生徒です。どうか、無事に連れ帰ってください」
「はっ!」
学園の専属である護衛兵たちが、学園の教師である男に、さっと敬礼をして去っていく。その背中を見送った男は、自らの足元に視線を落とし、目を眇めた。
その足元には、二人の少女が、無残な姿で転がっている。
「……一応、ね」
男がぽそぽそと呪文を唱えると、ふわりと、光の粒子が男と少女たちの周囲を漂い始める。それらが彼らの輪郭を隅々まで覆いつくすと、収縮した光に飲み込まれ、彼らの姿は消えた。
彼らのいなくなった森は、静寂を取り戻す。
しかしそれは、少々不気味な静けさだった。
*
「……それは、本当ですか?」
「はい。私たち教師がついていながら……申し訳ございません、ヴィクトリオ殿下」
ヴィクトリオ殿下、と呼ばれた男子生徒は、少し眉根を寄せ、思案するように腕を組む。それは彼が、幼い頃からする、不安な心を隠す時の癖だった。
今日は、モルゲンロート王立魔法魔術学園の、学期末試験。一年生は、学園からほど近いところにある森で、魔物を狩る実技試験の真っ最中だった。
内容は単純明快だ。なるべく強い魔物を、多く狩ってくること。魔物の種類と数でポイントがつけられ、試験の合否が判定される。
強い、とはいっても、この森は子供でも出歩ける程度の森で、人を殺せるほど強い魔物はいない。よって、各々好きに散らばって狩りをしていた。
しかし、その試験中。二人の少女の死体が見つかった。おそらく魔物に噛み殺されたのであろう身体は、かろうじて人物が特定できるほどの損傷。異常だった。
「責任を糾明しても仕方がありません。今はとにかく、他の生徒たちの安全が最優先です。試験は中止し、生徒たちを学舎内に避難させて……」
「そのことなんですが。試験はこのまま、続けさせていただけませんか?」
「なに?」
生徒は、この国の王族しか持たないとされる紅玉の瞳で、ぎろりと教師を睨みつける。その目に教師はたじろくが、一度唾を飲み込むと、言葉を続けた。
「おそらくですが、他の生徒に危険はありません。むやみに不安を煽るより、このまま試験を続行し、二人の死に関しては伏せ、後日詳しく調べるということで」
「貴様……何を言っているのか、わかっているのか? 私の婚約者と、有望な生徒が一人、命を落としたんだぞ。その上で、そのようなことをほざくからには、相応の考えあってのことだろうな?」
「……既に森中を探しましたが、そのような危険な魔物は見つかりませんでした。試験前にも調べておりますが、報告はありません。ですから、もしかすると、魔物の仕業にみせかけた、何者かによるものかもしれません」
「根拠は?」
「不自然な、足跡らしきものを発見しました。それと、死体にも少々違和感が」
「つまり、何が言いたい」
「死んだように見せかけ、何者かに連れ去られたか。あるいは、自ら失踪した、ということです」
死んだように見せかけた。つまり、まだ二人は生きているかもしれない。
その可能性に落ち着きを取り戻したのか、男子生徒は一度深く息を吐いた。
「捜索はしているのですか?」
「学園専属の兵士たちで捜索隊を編成し、派遣させました。騎士団の魔導士部隊にも応援を要請しております」
「そうですか。……先ほどのことが事実だとして。生徒たちに隠すのは何のためです」
「あの死体の、完成度の高さ……少々心当たりがあるのです。場合によっては、国家機密に関わるやもしれません。漏洩の可能性は、僅かでも消しておきたいのです」
「……わかりました。セルナ先生に任せましょう」
「ありがとうございます」
二人の少女の、偽物の死体。その本人たちの行方。
人々はまだ知らない。
少女二人がこれから引き起こす、世界を巻き込んだ大騒動を。
*
「うまくいったんかな?」
「わからん。それより、これからのことじゃね?」
「とりあえず、こっからずっと西に行って、モマンって街についたら、そっから船で隣のプルミエって国に行って、冒険者ギルドに入る、と」
「あー、やっと異世界転生、って感じ! 三ヶ月、長かったあー!」
「俺もうブーツ履きたくない……かかと高い靴やだ……」
「わかるー」
なにやら、晴れ晴れとした表情の少女たちが、凄まじい速さで森を駆け抜けていく。彼女たちが蹴った地面は、小さく深くえぐれ、起こした風は、青々とした木の葉を散らす。
思いきり、何かが通りました、と言わんばかりの痕跡が残っているが、まさかこれが、可憐で華奢な少女たちの残したものだとは、誰も想像しないだろう。
少女たちは走る。新たな人生に相応しい、新たな地を目指して。
書き進めていくうちに、想像していた展開からはだいぶ変わってました。笑える小説にしたかったはずなのに……。