僕を裏切ってパーティから追放して幼馴染がざまあする前に勝手に自滅して奴隷になって売られているのを見つけたけれどどうしよう。
気分転換と練習がてらに書いてみました。短編なので細かなことは端折って短めにまとめています。ご都合主義なのはご容赦を。
追記)誤字報告ありがとうございます。また、日間ランキング15位となりました。評価くださった皆さんに感謝を。
僕の名前はロイ。王都から離れた国境沿いにあるこの街に住んで、薬師の工房を営んでいる。
この街に住み始めたのはほんの1カ月前で、その前までは二つほど離れた国で戦争を生業とする傭兵団に交じって国同士の戦争に参加していた。半年ほど前に参加していた側の国の勝利で戦争が終わり、結構な額の報奨金をもらったので、傭兵団を辞めて、生まれ育ったこの国に戻ってきたのだ。そして、あまり王都にいい思い出のなかった僕は王都から離れたこの街に家を構えることにした。
まあ、傭兵団を抜けるときには団長には少し(いや、かなり?)止められはしたけれど、戦争が終わるタイミングで抜ける団員は少なからずおり、僕の場合は、そもそもなし崩し的な参加だったので、強行手段を持ってまでして止められはしなかった。
3年ほど前、この国の王都で冒険者をしていた僕は、とあるパーティを追放された。しかも、恋人にも裏切られて。そして、そのまま王都を飛び出し、意気消沈でふらついていた僕は、たまたま戦争に向かうところだった傭兵団に拾われたのだった。
そして、今となってはもう追放されたことに恨みや彼女たちに復讐してやるといった気持ちはない。あの当時のしがない薬師だった僕は弱く、役立たずではあったのだから……。
復讐する気もなくなったもっとも大きな理由は、2年近くもずっと戦争に参加していたからなのだが。僕たちが戦っていたのは地域は前線近くだったので、少しでも油断するとそのままこの世からおさらばだ。僕は薬師だったので少しだけ後方でポーションや毒消しといった薬を作るのが仕事だったので、まあ直接剣や槍を使って戦う機会は少なかったけれど。
今の今まですっかり忘れていたそのことをふと思い出したのは、奴隷商の店先で売られている彼女を見たからだった。
◇
彼女、シルは僕と同じ村出身の幼馴染で、3年前までは恋人だった女性だ。この世界では13才になると教会に行き、神様からジョブを授かる。僕は薬師、彼女は剣姫という貴重なジョブだった。それから1年後に僕は彼女に言われるがまま、冒険者となるべく、村を出ていっしょに王都にやってきたのだった。そして、気心が知れた彼女と恋人関係になるまでそれほど時間はかからなかった。
状況が変わったのは、ケインという魔法戦士が入ってからだった。彼はベテランの冒険者とのことで、最初のころは親身になって僕らを助けてくれていた。そして、彼の助けもあって僕らは冒険者のランクをどんどん上げて、王都でも少し注目されるパーティになった。
ただ、気が付けば恋人であった彼女はケインに寝取られており、そのことに気づいた数日後には薬師というジョブ特性から体力の成長が少ない僕はパーティには不要ということで大勢が見ている前でパーティを追放を宣言されたのだった。まあ、当時の僕は彼女におんぶにだっこ、戦闘も彼女任せで、端から見ればヒモの様なものだったので、仕方なかったのかもしれないと、傭兵団に入ってから少しして思ったものだった。
傭兵団の友人にそのことを話したとき、悪意は善意の顔をしてやってくると教えてもらった。まさしくその通りだったと感慨深く感じた。
彼女をぼーっと見ながら、そんなことを思い出していると、横手から声をかけられた。
「何か気になる商品でもありましたかな?」
そちらを見ると、商人風の格好をした恰幅の良い中年男性がこちらを見ていた。僕の視線を見て男性は話を続ける。
「ああ、私はこの店の店主をやっていましてね。熱心に店を見ておられるので気になるものでもあるのかと思いましてね。」
「ああ、いや。奴隷ってどんなのがいるのかなと思って。」
とくに何も買う気もなかった僕は、咄嗟ににそんなことを彼に返す。
「そうですか。まあ、いろいろいますね。家事・手伝いを行うもの、荒事を行うもの、冒険者のサポートを行うもの、……もちろん夜のお世話するものなどもね。」
そう言ってこちらの様子を探るように見てくる。
「……そうですか。いろいろいるんですね。」
当たり障りのないことを返すと、彼は僕が見ていた方向を見て。
「ええ、ええ。……そういえば、あれが気になりますか?」
そう言ってきた。
ここで話を切って去ることも考えたのだけれど、彼女のことが少しだけ気になったので、話に付き合うことにする。
「そうですね、他と比べてひどくぼろぼろだったので気になったのです。」
そう、3年前までの勝気で明るく、そして美少女といっても過言ではなかった彼女は見る影もなく、綺麗だった髪はぱさぱさになり、頬は痩せこけており、表情は無表情、眼は澱んでおり、視線は僕に気づいた風もなく虚空を見つめていた。
「これは犯罪奴隷なのです。容姿は整っていたので、当初は売れたのですが、どうも奴隷落ちする前から重度の薬漬けになっていたようで、反応に乏しく、主人が飽きたら売り戻されるのですよ。もうほとんど反応もしないので、かわいそうですが三日後には処分しようかと思い、最後のチャンスで表に出しているのです。まあ、売れる見込みもなさそうですし、どうですか、今なら少しは安くしておきますよ。」
僕はそんな話を聞いて、なんとも言えない気分になる。
すっかり忘れていたとはいえ、追放された時のことを思い出し彼女の現状を知ると、ざまあみろと少しは感じたけれど、一方で、幼い頃からいっしょに過ごし、楽しかった日々を思うと、思わず手を差し伸べてしまいそうになる。それに、当時の僕がもっと頑張っていれば状況は違っていたのではとの、後悔も少しだけあった。
店主の声が聞こえていないのか、彼女は自分の今後の話を聞いても虚空を見つめたままだった。ふと、彼女の首に下げてある木札を見ると、たしかに三日後には処分と書いてあった。
「……あ、いや、ちょっと止めておきます。」
「ええ、そうですか、またお待ちしております。」
僕は一言返すと、そんな声を背に聞きながら足早にその場を去ったのだった。
◇
次の日、彼女、シルのパーティがどうなったのかちょっと気になった僕は、この街の冒険者ギルドに行って確認することにした。通常は個々のパーティがどうなったかなんて、上位のよっぽど有名なパーティでなければ分からないが、犯罪を犯していれば話は別だ。
しかも、昨日の店主の話から彼女は犯罪を犯して奴隷落ちしたらしいので、調べてみれば出てくるだろうと思った。
街の中央にある冒険者ギルドに着くと、少しだけ顔見知りになっていた受付嬢に話を聞く、少し時間がかかると思っていたがあっさり分かった。どうやらかなり有名な事件だったみたいだ。しかも貴族がらみ。
僕が追放された後、数人の上位職をメンバーに追加して勢いを増したパーティは貴族のお抱え冒険者になったらしい。貴族お抱えとなれば冒険者では成功したようなものだ。収入は安定し、将来は安泰でケガなどで冒険者を止めても貴族に職を紹介してもらえる。
そこでケインが貴族の娘に手を出したらしい、しかも薬を使って。昨日のシルの様子から見て、常時そんなことをやっていたのだろう。それがばれて、ケインは捕まって縛り首、ケインを抑えられなかったパーティメンバーは全員共犯とのことで、奴隷落ちになったそうだ。更に、使われていた薬も依存性のかなり強い違法なもので、その薬を捌いていた闇組織のいくつかも見せしめで一網打尽になり、闇組織の勢力図が変わったとか。
そんな話を聞いて、僕が追放された当時、シルの様子が時々おかしかったことを思い出す。もしかしてあれは既に薬を使われていたからかと、ふと思った。そして、少しおかしいとは思いつつもそれを見ぬふりをしていた当時の僕に少しの苛立ちが沸いたのだった。
◇
彼女を見てから二日後、明日には彼女は処分されるのだろう。僕はただ一人、家で悩んでいた。こういった時、あの傭兵団の皆がいると楽だったのに。うじうじ悩むことがないさっぱりとした性格の彼ら、彼女らは判断が早く、思ったことをぱっと言ってくれる。
さてどうするべきか。選択は二つだけしかない、ここで見捨てるか、手を差し伸べるかだ。
ただ、手を差し伸べてどうする。彼女の様子を見ると差し伸べたところでもう回復は望めないのではとも思う。
こういった時、どうするのだったか。
僕は傭兵団にいた時の経験を思い返す。
うんそうだ、簡単だった。判断の基準は、要は明後日、彼女が処分された後に少しでも後悔するかどうかだ。
そんな選択は傭兵団にいた当時いくつもあった。なにせ、戦争中、少しの判断ミスや遅れで人がバタバタと死んでいく。ああ、この薬を使っていれば助かったのでは、とか、あの時、この薬をもう少し多く作っていれば、とか後悔はいくつもあった。そして、僕は少しでも後悔しないように思ったら行動するようにしたのだった。
そうと決まれば、即時に行動だ。僕は奴隷商に向かったのだった。
◇
さて、今、僕の目の前に彼女が立っている。あの勢いのまま奴隷商に向かい、まだ売れ残っていた彼女を買うと、そのまま家に連れてきた。
彼女は動くことはできるようで、命令されたら指示に従って動いてはくれる。自分からは動くことはないが。
無言で彼女と向かいあう。僕はこの雰囲気に耐え切れなくなっていた。
「えっと、僕の声、聞こえてるよね。って、言うことは聞いてくれるのだから聞こえているか。」
どこを見つめているか分からない彼女はこくんと頷いた。
「えっとそれじゃあ、まずは体を洗ってきてくれる?自分でできる?」
また彼女はこくんと頷いた。僕は家についている風呂場に彼女を連れて行く。この家には風呂場が付いている、まあ、かなり値ははったが。
「えっと、それじゃあ、ここで体を洗ってね。もし分からなかったら聞いて。」
彼女はジーっと風呂場を見た後、中に入って行った。僕はそれを見届けると、風呂場から出ていく。部屋に戻って考える。どうしようか。間が持たない。いやこうなることはなんとなく分かっていた。
よし決めた。もし生活できそうになれば彼女を村に返そう。もし無理そうだったら、その時はどうしようか考えよう。そうと決まれば、まずは彼女が何ができるか調べてみよう。
そんなことを思っていると、視線を感じて顔を向けると彼女が裸で立っていた。
とっさのことで僕は思わず上擦った声を出す。
「ちょ、ちょっと、さっきまで着ていた服は?」
何も言わずにこちらをジーっと見てくる彼女。僕は慌てて風呂場に向かうと、彼女を拭くための布と着れそうな服を探す。
とりえあず、布とシャツを一枚ずつとって元の場所にもどった。
◇
「ほら、これで拭いて、この服を着て。」
そう言って布を渡すと彼女は言われるがまま布を受け取ると体を拭き始める。そして、拭き終わると今度はシャツを受け取って着た。
また、無言の時間が過ぎる。
「そ、そうだ、ご飯。ご飯にしよう。何を食べようか。」
そう言って、台所に向かおうとすると、初めて声をかけられた。
「……ねえ。」
それは聞き逃しそうなほど小さな声だった。
「え!?」
思わず振り返る。彼女の眼は相変わらず濁っており、どこを見ているか分からないけれど、顔はこちらを向けていた。
「……。」
また、無言。さっきのは聞き間違いかと思いそうになった。
「ねえ。」
「な、なに?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「どうして買ったの?」
「分からない。」
僕はそう答えた。そう、本当に分からない。あのままだとなぜか分からないけれど後悔するとは思った。だからそう答えることにした。
「そう。それで何をすればいいの?」
「……えっと、とりあえず家の家事とか手伝ってほしいかな。」
「……それは家事奴隷を買った方がいいわよ。私を売れば多少は足しにはなるわ。それにご主人様はこんな大きな家に住んでいるんだったらお金はあるお方なのでしょ。」
もしかして、僕のこと忘れてる?いやどうだろう、知らないふりをしているのかもしれない。ただ、彼女が何ができるか知ることができるチャンスとは思った。
「あ、あはは。いや家でお金を使ってしまって安く済まそうと思って。ね、そう言わずにまずはやってみてよ。」
「そう。……分かったわ。」
なんとか了解してくれたみたいだ。ってどっちが主人なのだ、今のやり取りは。
◇
あれから彼女は少しずつ家事を手伝ってくれている。食事も栄養を考えて食べさすようにしているおかげか、体の調子も良くはなってきているように思う。ただそんな生活も長くは続かなかった。
薬の調合のための素材を買い出しに行って帰ってくると、彼女が台所で倒れていた。僕は慌てて彼女の傍にいって容態を見る。
……まだ息はあるみたいだ。ただ、呼吸がひどく浅い。
僕は彼女を抱えてベッドに向かい、寝かす。じっと見ていると、彼女の眼が少し開く。
「ねえ、ごめんね。」
「何のこと?またお皿でも割った?」
「……違うわ。ずっと謝りたかったの、ロイ。」
僕は驚き、目を見開いて彼女を見る。
「……知ってたの?」
彼女は宙を見つめたまま、少しだけ昔のようにくすりと笑う。
「当たり前でしょ。最初に道端から私の方を見ていたときから気づいていたわ。でも、まさか買われるとは思っていなかったけど。だって、ロイ、私のこと恨んでいると思っていたし。でも、結局今までそんな振りも見せなかったけど。」
「あはは、まあ、僕も色々あったからね。」
「そうね、こんな大きな家に住んでいるし。」
「うんうん、そうなんだ。だから、家事とか手伝ってくれて助かってるよ。」
「ふふ、奴隷なんだから当たり前でしょ。でも最後に夢みたいだったわ。もうあのまま死んでいくと思っていたし。しょうがないかなとも思っていたけどね。」
「最後ってそんなこと言わないで。きっと、まだ大丈夫だよ。」
そう言いながら、僕はなんとなくは気づいていた。奴隷生活が長かった彼女がいろいろな病気にかかっているとは思っていた。治せる病気は薬で治したつもりだったけれど、きっと治せないものもあったのだろう。
「ううん、最近は大丈夫かなと思ってたんだけれど、やっぱりダメだったみたい。今回はもう体動かないし。」
「そんなことないよ。ね、また二人で生活しよう。昔みたいで楽しかったんだよ。」
そう、二人での生活は、奴隷と主人との関係ではあったけれど、昔に戻ったみたいだった。
「そうね、私も楽しかったわ、本当に。」
噛み締めるように彼女は言った。
「ねえ、ロイ、手を握って。」
「うん。」
そう言って僕は彼女の手をそっと握る。
「ねえ、ロイ、私がいなくてもちゃんと家事しないとダメよ。それか、いい人を見つけなさいね……。」
そう言って彼女は眠るようにそっと目を閉じる。
「シル、大丈夫だからね。」
そう言って決心した僕は彼女の手をもう一度強く握った後、立ち上がると部屋から出て行った。
◇
その後、彼女は。
「ねえ、ロイ、あなた、また服を脱ぎっぱなしにしてたでしょ。」
しっかり生きています。前よりも元気になって。
なぜかって? そう、最後の最後で使ってしまったのだ。傭兵団にいた知り合いの錬金術師と一緒になって作ったエリクシールの一本を……。
報奨金とは別に、国から報酬として頂いた材料を基にして作れたエリクシールはたったの3本で、僕と、その錬金術師、そして団長の三人で分けたのだった。
戦争中にたまたま見つけたダンジョンの中にあった材料と、たまたま団長や錬金術師が持っていた材料、そして国からもらったそれで、遊び半分で作ってみたら本当にできちゃったのだ。そして、見つかったら大事になりそうなので、隠し持っていたのだった。
まあ、後悔はしていないけれどね。
「ちょっと、ロイ! 聞いてるの?」
「聞いてる、聞いてるよ、シル。」
そして、二人でパーティを再結成して有名になったり、傭兵団のメンバーが訪ねてきて修羅場になったり、なんやかんやあるのは今後の話。
ちょっとくらい救いのある話があっていいかなって思います。人物紹介はまたそのうち追記します。こういう話ってジャンル的にはファンタジーなんでしょうか、あるいは異世界恋愛はちょっと違うか、いつも悩みますね。