2、5話 眠りの姫
不思議なんですよね。
魔術や神聖術は、精神的な影響を受けますが、それだけでなく、使い続けることでも弊害を及ぼします。使い手が少ない故、あまり知られていませんが、魔力や神聖力で体が飽和状態になってしまい、制御し難くなるのです。
しかし姫さまは、この十日間、問題なく神聖術を行使なさいました。
以前、姫さまの血を舐めましたが、混じり物のないただの人間であることは間違いございません。
いやはや、あのときは驚きました。まさか、ミーポの血を引いているとは。
おっと失礼。ミーポというのは、私の義理の息子のことです。
もう、千と五、六年くらい前のことでしたか、戦争で村が焼かれたのですが、赤子が一人、生きていたのです。
気紛れというものでしょうか。何となく猫っぽかったので、ミーポと名づけて育てました。
あれやこれやとあって、国を造りました。ミーポがいた村の名を冠して、国名はカイキアスとしました。
ミーポは、あまり強くなってはくれませんでした。性格のほうも、私の薫陶の賜物でしょうか、頭でっかちな人間に育ってしまいました。
それでも、初めて育てた子でしたので、それなりに愛着があったので、ミーポが十五歳になったときに、ぽんっとカイキアス国を譲り渡して別の大陸に旅立ちました。
隣の大陸を漫遊して戻ってくると、これは素直に驚きました、なんとカイキアス国がまだ存在していたのです。
九百と七十五年振りだったというのに、しっかりとミーポの血を受け継いでおり、「聖王国」などという大層なものに、西の大国になっていました。
ミーポリス・アークネス・ラカス・カイキアス王。
ミーポは、せっかく私がつけてあげた「ミーポ」という名が好きではないと公言していましたが、照れ隠しというものなのでしょうか、のちに偉そうな名前を名乗るようになったようですが、私の恩というか面影を忘れられなかったのかもしれません。
あの頃はまだ、人間の情というものに疎かったので、「家族」というものの理解が足りていませんでした。もう少し可愛がってあげれば良かったと、少しだけ後悔いたしました。
その分、「傅役」になって、姫さまを存分に可愛がっていますので、ミーポの魂も浮かばれるというものでしょう。
結構毛だらけ猫灰だらけ。姫さまの、だらしのない寝顔を見ていると、思い出します。ミーポも、だらんとした可愛くない寝顔をしていましたね。
「行くぞ」と仰った姫さまは、猫だらけで寝子を彷彿とさせる寝っぷりで。どこへ行くのか、結局聞き出せませんでした。
姫さまの有力な伝手は、もうないはずですし、このクロッツェでも予想できないことをしてくださるのではないかと、つくづく私の育て方は間違っていなかったと、悦びに打ち震えてございます。
クロッツェは、姫さまの先行きに、幸あれ、と心より案じております。
聖暦一四三一年 白の月 二十三日 黎明
クロッツェ(ハクイルシュルターナ)