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姫さまっ イキる!  作者: 風結
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2話  迷子の姫 2

 スリンと丸娘(まるこ)が去っていってから、どのくらい経ったかしら。


「カイキアス王と王子様が捕らえられたという話はないようです。聖王都は焼かれたようですが、すべてではなかったようですね。これに反対したノトゥス国の騎士が幾人かおり、その所為なのでしょうか、聖王国の国民は現在、息を潜めるように状況を見守っているようです。ノトゥス王は今頃、自身が許可した蛮行が不利益につながると知り、命令に反し、処刑しようとした騎士を、逆に英雄として讃えているようです。聖王都の統治にも、これらの騎士を前面に押し出して治安回復に(つと)めているようですが、当然命令通りに蛮行を働いた、英雄になれなかった騎士たちの間に不満が溜まっています。ノトゥス王の場当たり的な統治では、早晩破綻(はたん)するのではないかと予想されています」


 うるさいわね。そろそろ暇になってきたのかしら、クロッツェなんて無聊(ぶりょう)をかこかこしまくって、これまでの人生を百回くらい反省でもしてればいいのよ。


 はあ、駄目ね。言葉までおかしくなってきてるわ。


 わかってる。わかってるのよ。でもね、心に力が入らないと、不思議なことに体が反応してくれないのよ。


 スリンと丸娘。二人は、王様と王妃についていかなかった。(わたし)(けしか)けた。或いは(そそのか)した。


 それは誰のため? 本当に二人のため?


 カイキアスの王城で、そして今。人が人についていく理由。人が人と一緒にいる理由。


 自分からは差し出さない癖に、相手に求めるなんて、どれだけ我が儘なのかしら。


「おやおや、姫さま、そんなに衝撃(ショック)でしたか? う・わ・さーーそう、噂でしかないというのに。ノトゥス国による裏切りは、ノトゥス王が姫さまを欲して決行されたものだったということが」


 この傅役(あほんたれ)。絶対楽しんでるわね。


 立ち上がろうとするための、切っ掛けを探そうとすると、毎度毎度突き落としてくるのよ。でも、こんなことで墜落して、泥濘(でいねい)藻掻(もが)くことしかできない私のほうが悪いと、そんなことすら認められなくて。


「仮に、姫さまを望んだことが本当だったとしても、それは全体の目的の、一割程度だったかもしれません。そうなると、聖王国を攻めたことの、さして重要ではない名目(いいわけ)の一つとなるわけです。逆に九割だったとすると、これはもう、何の救いもないような気もしてしまいますが」


 それでも。いつか立たなければいけないのなら私は、「今」を選ばないといけない。


 そうよ……、そうじゃなければ、私じゃないわ。私が私でなくなってしまう。


「……覚えてるわ。クロッツェ、言ってたわね。ラスティと婚約したら、気をつけろって。私を慕ってた人間の中に、自暴自棄になる者がいるかもしれないって。ーーねえ、クロッツェ。私は何も間違ってなかったと、言ってくれないのかしら……」

「はい。姫さまは、何も間違っておられません」


 ーーああ、来たわ。最後の手段。


 これ以上ないくらいに、自分を滅多打ちにする。弱音を吐いて、クロッツェに慰められるなんて、私の人生で、あってはならないこと。


 まずはにゃんこたち、気づかれないように外面(そとづら)からよ。



 脱ぎ。脱ぎっ。

 脱ぎ。脱ぎっ。

 脱ぎ。脱ぎっ。



「まったく、手間のかかる姫さまですね」


 あら、失望したかしら。


 (わたし)だってね、ずっとクロッツェを見てきたんだから、わかるのよ。眼の奥から、興味が失われていってる。


 玩具(おもちゃ)がゴミに変わる瞬間ってことね。


「ーーっ」


 でもね、私を甘く見ないでちょうだい! 屈辱と汚泥(おでい)(まみ)れたのはっ、算段あってのことなのよ!


 私を(あなど)っていたことをっ、見縊(みくび)っていたことをっ、このために以前から仕込んでいたことをっ、思い知りなさい!!


「そうだなぁ。まったく、クロの言う通りだ」


 ふふっ、ゴミを捨てるのを躊躇ったわね。油断したから、私の「()()()()」を見抜けなかった。


 面白いから、ずぅ~とそのままの顔でいるといいわ!


 さあ、にゃんこたちっ、クロッツェの間抜け面に飛び掛かってやりなさい!



 脱ぎ。脱ぎっ。

 脱ぎ。脱ぎっ。



 猫どもっ、突貫(とっかん)! 「猫爪千殺(バステト)」爆誕!!


 立ち上がったあたしは、さっそく鑑定を始める。


「これとこれと、これもか。クロ、教え込んだ鑑定眼、悪くねぇだろ?」

「そうですね。持ち運びし易い宝石類など、きちんと高価なものだけを(すぐ)っています」


 改造した「小薔薇」袋の内側の、手を突っ込んだだけじゃ届かねぇ、貴重品入れに潜り込ませる。


 さて、まずはどうしてやろうかぁ。


「ふんっ!」


 両手を腰に、踏ん反り返って、えっへんっ!! と勝ち誇ってやる。


 子供っぽいとか言うなよ。実際、子供の頃から、ずぅ~~と待ち焦がれてた瞬間なんだからよ。


 いつもなら、馬鹿を見る目を向けてくんのに、まだわかってねぇのか、()めた視線を向けてきやがる。


 くくっ、いいぞいいぞ。そんじゃあ、いくとすっか。


「クロ。覚えてねぇとは言わせねぇぞ」

「ーー何をでしょうか?」


 どばんっ、と答えを言っちまうのは簡単だけどよ、事ここに至ってクロは本当に思い出せねぇようだからな、少しは勿体ぶってやるか。


「大狼、覚えてっか?」

「ええ、私が岩でぺちゃんこにしたので、潰れた内臓まで記憶しております」

「そうかそうか。じゃあ、記憶力が超絶(すぐ)れてるクロのことだ、そのあとであたしが言った台詞、覚えてっか?」

「姫さまのお言葉ですか? ええ、確か、私の『相も変わらず、家猫には嫌われるのに、野生の猫には好かれていますね。口惜(くちお)しいことです。未だにその謎を解明できないとは……』という台詞に対して、『あたしだって解明できてねぇよ。クロが何者か、吐きやがれ。吐かねぇと、猫どもに粗相(しっこ)させんぞ』でしたね」


 うーわ、あたしの口調まで真似しやがった。それに、言ったあたしですら完璧には覚えてねぇってのに、ほんと、クロ(こいつ)能力(ゆうのうさ)って魔術だけなんか?


「じゃあ、次だ。あたしの言葉に、クロはなんて答えた?」

「ーー私の答えは、『私の正体ですか? そうですね、金銀財宝でも、どばっと積んでください。そうしたら教えて差し上げましょう』ですね」

「で、だ。あたしの鬼畜(きちく)な傅役の目の前に、どばっと積まれてるのは、さて、何だろうなぁ?」

「金銀財宝ーーですね」


 見てやる。じっと見てやる。何にも言わずに、じぃ~と見てやる。


 いつもの胡散臭ぇ微笑(てっかめん)貼りつけてやがるが、……ぐぅ、やっべぇ~、クロがどうなるか、わくわくでどきどきのそわそわが止まんねぇぜ!


「……ぷっ、くくっ、がかっはっはっはっ、あーはっはっはっ!」


 おおっ、余裕の笑みを浮かべるかと思ったが、狂ったように笑い始めやがった。って、おいおい、ゴミを見る目が、玩具に。それだけじゃなくてーー、うわっ、気持ち悪ぃ、クロの奴、()()()()見やがった。


「これはっ、これはっ! 抜かりました! 見事にやられました、姫さま! 先程までの、落ち込んでいたお姿すら演技だったとは! 私の眼力を(たばか)るほどに成長なされていたとは! このクロッツェ、敬服のいたりに存じます!」


 いや、嬉しそうなとこ悪ぃけどよ、クロみてぇなド外道(にんぴにん)じゃねぇんだから、さっきまで普通にどん底だったんだけどよ。


 まあ、勘違ぇしてんなら、後々有利になるかもしんねぇから、そんまま勘違ぇさせとくか。


 そんで、溜め息まじりに顔を上げたらよ。


「…………」

「ーーーー」


 ーー、……はあ。……、ーーふう。


「…………」

「ーーいえ、姫さま。驚くなり何なりしていただかないと、正体を明かした甲斐がないのですが」


 そーは言われてもなぁ。


 これはクロが悪ぃ。正体()かすにしても、もうちょい時機(タイミング)とか演出とか、そういうものを考えやがれ。


「心配しなくても、驚いてんよ。ただ、それ以上に呆れてるだけだ。それ、重くねぇのか?」


 まあ、あれだ、不自然(きわ)まりねぇんでな、「茫然自失」の五歩くれぇ手前まで行っちまったってことだ。


 だって、そうだろ?


 人間の体の、首の上に、()()()がよ、どどんっと乗ってるんだぜ。竜頭だけでも、あたしの身長の倍以上はありそうだ。


 ぺしぺしっ。ごんごんっ。すりすり。


「おおっ、硬ぇ硬ぇ、それに大狼と違って、牙は綺麗ぇだなぁ」

「場所が悪かったですね。このような小さな空間では、頭しか『竜化』できません。それと、怖がられることはないと思っていましたが、あまり馴れ馴れしいのもどうかと思います」

「おっ、もしかして竜の矜持(プライド)って奴か? そんなことより、このクロの黒、凄ぇなぁ。まるで穴があるみてぇで、落っこちていきそうだ」


 闇より暗いーーなんて言いたくなるくれぇに、眼と牙以外は真っ黒黒だ。


 まさかクロの正体が、伝説の「五色の竜」の内の一竜、黒竜ーークログスヴェルナーだったなんてな。って、クロッツェって偽名かよ。


 いや、そりゃ当たり前ぇか。この場合、真名ーーか? 黒竜の名前なんて名乗ったら、大変なことになんしな。


「なんだ、もう元に戻っちまうのか」

「『竜化』したときに触られるのは、苦手なのです。姫さまだって、子供たちに触られるのは良くても、中年オヤジにべたべた触られるのはお嫌でしょう?」

「変な(たと)えすんな。あたしはおっさんか。……いや、まあ、本性はおっさんみてぇだっていう自覚は少しくれぇあんけどよ」


 やべぇ、ちょっとだけ落ち込んできた。


 いや、これはおっさん風味に育てたクロが悪ぃんだ! あたしの瑕疵(かし)は、二割くれぇのはずだ!


「では、姫さまも復活なされたことですし、これからどうなさいますか?」

「それなんだよなぁ」


 アペリオテスに来んまで十日間もあったからな、嫌でも考えさせられた。


 始めは、アペリオテス国の軍勢を使って、聖王国の奪還ーーなんてことも夢想したけどよ。アペリオテスの兵士たちの命を使って、国民を危険に曝してまでやることなんか、とか、そんな資格があたしにあんのか、とか考えちまったら、もう駄目だ。


 こんな状況になって、やっと気づいた。あたしって、他人に頼んのがすんげぇ下手だってことに。


 丸娘は、それが世界の法則だ! ってくれぇ当たり前ぇにスリンを頼ってた。あたしが丸娘みてぇになれるかって?


 はっ、そんなんなるくれぇなら死んだほうが増しだ! なんて思っちまう時点で……、あーっ、ほんとうもうっ、どーしたもんかねーっ!


「ったく、とによぉ、まあ幾つか、決めたことはある。そもそも、カイキアスのみんなはよ、あたしに助けられることを期待してんのかね?」

「まさかのまさか。天地が引っ繰り返っても、姫さまがそのようなことをしてくださるなどと、聖王国の方々は思ってもみないでしょう」

「なんだよなぁ。あたしは自分でどうにかしなくちゃいけねぇって思ってた。でもよ、それってさ、みんなの責任まで背負ってたってことなんだよなぁ。他人の責任を勝手に背負うなんてよ、傲慢以外の何ものでもねぇよなぁ」

「おやおや、(ようや)く新しい視点を一つ、獲得なさいましたか。姫さまは、()が強くていらっしゃいますので、中々他人を()れることができなかったのですが。よよよよっ、このクロッツェ、感激で胸がいっぱいでございます!」


 このふざけた泣き真似してんのが、黒竜(クロ)なのか。いいのか、「伝説」とやらがこんなんで。威厳とか沽券(こけん)とか、どこに捨ててきやがった。


 実は、さっきの竜頭は、魔術で化かされただけで、クロ(こいつ)はただの若作りの耄碌爺(もうろくじじい)だったりすんのか?


「おやおや、姫さま。不審者まっしぐらなお目目(めめ)をなさってますね。竜である証拠を見せろ、ということでしたら、喜び勇んで御覧に入れましょう」

「今はいらねぇよ」


 ほんと、上手ぇな。確かめてぇって気持ちが完全に()えちまった。


 やっとこ一回、クロをとっちめてやったがよ、はてさて、二回目はあんのかねぇ。一度やられたから、次は油断なんてしてくれねぇだろうしなぁ。


「捲土重来。国を奪還すんなら、親父と兄貴がやんべきだし、敗残兵だってそこそこ集まんだろ。みんなだってよ、自分たちの住んでた、生活してた場所だ、王都だ、聖王国だ。ーーだったらよ、自分たちの手で取り返してぇに決まってる」


 じゃあ、あたしは何をやるかってことだ。


 あたしは、聖王国(カイキアス)で何をやってた? 何を期待して、何を期待させてた?


 あの優しい景色を、ずっと見ていたかったのか。自分もその中にいて、幸せでいたかったのか。カイキアスを離れて、アペリオテスに。ラスと一緒になって、それからーー。


「ーーーー」


 ああ、そうだなぁ、それが一番ーーあたしらしいのかもしんねぇなぁ。


「ってわけだ、行くぞ、クロ」

「どういうわけなのかはとんとわかりませんが、面白そうですのでお供させていただきましょう、姫さま」


 見せてやるさ。みんなに見せちまった「猫まんま」の姫って奴を。みんなが望んでくれてる「薔薇の姫」って奴を、な。


 あたしは晴れやかな気持ちで通路に向かって、


「あ、ちょっと待ってください、姫さま。今、宝物を胃袋に収めますので。それと、御自身では気づかれていないかもしれませんが、かなり疲労しておられます。猫様は私が魔術で強制的に連れてくるので、今日は宝窟(こちら)で猫様方と一緒に、ごろにゃ~してください」


 ずんずんと歩いていった。


 にゃろう! いい感じで旅立とうとしたとこに水差しやがって! 知ったことかっ、思い立ったが吉日、今すぐ出発だ!


「ぎあ~」

「にぶぁー」

「って、猫ども、どこから……」


「はい。通路からでる際に、スリン様は周囲の警戒を行われ、フォーノ様に隠し扉を閉めるよう言いました。ですが、フォーノ様は、どのように閉めたらよいのかわからず、悩んだ挙げ句ーー『ちゃんと閉めたよ』とスリン様に報告なされ、二人仲良く旅立って行かれました。姫さまに蹴られた意趣返(いしゅがえ)しもできて、一石二竜(ひゃっはー)ということでしょうか」

「……あのっ、丸娘(まるこ)が!!」


 うがぁっ、丸娘(あれ)天敵認定だ(いかしちゃおけねぇ)! 次会ったらっ、覚えてやがれ!!


 はあ、クロが言うなら、休憩は必要だ。


 だがその前ぇに、今すぐ外に通じてる扉を閉めてこねぇといけねぇ。じゃねぇと、隠し通路が見つかっちまうかもしんねぇからな。まったく、余計な手間を。


 あたしの姿がよほど滑稽(こっけい)だったのか、普段なら動かねぇ癖に、意気揚々とクロは扉を閉めにいった。


 玩具(あたし)で遊ぶのが楽しくて仕方がねぇって感じだな。


 何かもう、どうでもよくなって、あたしは次から次へとやってくる猫どもと戯れながら、不貞寝(ごろにゃん)したのだった。

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