1、5話 大自然の姫
予想通りに、国境を越えたのが六日後。
私が作った変装用の帽子を被れば、亜麻色の髪の乙女となれますのに。用心した姫さまは、乗合馬車を利用せずにアペリオテス国の王都まで向かわれました。
その選択が凶と出るか吉と出るか。
運命というものは、本当に難儀なものでして、凶だと思っても、実は大凶を回避できていたり、吉だと思っても、実は大吉を逃していたり、あとになって気づけるのならまだ増しで、大抵は知らず知らずのうちに過ぎ去ってゆきます。
私の好みといたしましては。カイキアス国の方角から亜麻色の髪の美少女がやってきたぞ、もしやリップス姫なのではーーなどの噂が拡がることだったのですが。
ノトゥス国からアペリオテス国への、早期の介入を恐れたのでしょうか。
可能性としては低いですが、ラスティ様と接触する前に、「厄介の種」と判じた者の企みによって、追い返されるということもあったでしょうから。
強行軍でしたが姫さまは踏破なさいました。これは肉体の鍛錬の賜物なのですが、成功の秘訣は別にあります。
姫さまは、神聖術ーー「治癒」が使えます。
そして、この「治癒」なのですが、精神力が大きく影響してくるのです。「治癒」で怪我の悪化を予防、体調の管理ーーそれらを最後まで貫徹した姫さまの鋼のごとき精神。
三日分の非常食がなくなったので、私と一緒に毒草を食べて、「浄化」の連発。
倒した獲物は、これまでは猫様に上げておられたのですが、この度は解体して、焼いて食べて「浄化」「浄化」「浄化」。
先程もお話しした通り、強行軍ですので血抜きや内臓の処理、荷物持ちなどは私もお手伝いいたしました。野性味あふれる姫さまも、ええ、悪くありません。
森が普段と違って、おかしいのではないかと姫さまは疑義を呈しておられましたが。もう一体、魔獣と遭遇なさいました。
大熊にまで勝利してしまわれるとは、姫さまの才能を見抜き、殺すつもりで戦う術を注ぎ込んだ、このクロッツェの苦労が報われました。神聖術と同様に、魔術を仕込めなかったのが、本当に残念でなりません。
しかし、森がおかしいのはーーあ。
いえいえ、まさか。
聖王国に気づかれたら、もとい迷惑を掛けてはいけないので、大魔術の実験を、ファナトラの森の奥深くで行ったのですが。もしやそれが原因なんてことはーーええ、そんなことがあるはずはないので記憶から、ぽいっとしてしまいましょう。
お詫び、ということではありませんが、今の姫さまでは勝てない大蛇は私が細切れにしておきましたので、どうぞご安心を。
さて、大自然を満喫なされた姫さまですが、本人的には不本意だったようで。王城に乗り込む当日には、朝から「猫まんま」全開で、獣臭を消して人間に戻られようと必死でした。
獲物のおこぼれを期待してついてきていた「猫兵士」たちとも別れ、ラスティ様を驚かせようと、ただ今絶賛王城登攀中。
夜中の見張りで、「猫兵士」たちに埋もれて眠る姫さまを、もう見れないかと思うと。
ーー玩具で遊べないことに、若干寂しさを感じないでもありませんが。
姫さまの幸せが、三番目くらいには大切なので、ラスティ様と幸せになっていただき、私は私でその分、他に楽しみを見つけないといけませんね。
五人と言わず、十人くらい産んで、一人か二人くらい私に育てさせてください。
クロッツェは、それなりに大人しくして、そのときを心待ちにしております。
聖暦一四三一年 白の月 二十二日 夕刻前
クロッツェ(ハクイルシュルターナ)