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姫さまっ イキる!  作者: 風結
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1話  「西の赤き薔薇の姫」 3

「ぶっはぁ~~」


 魂の底から、逃げるだけしかできなかった鬱憤(うっぷん)を吐き出したのは、無茶をもう二回したあとだった。


 ズタボロのドレスがずれ落ちそうになったが、あたしにも羞恥心くれぇはあっからよ、平均より少しばかり大き目の胸が露出しねぇように手で押さえる。


「上手い具合に風下に回れたようですので、さすがの森の民も追跡は不可能でしょう」

「風下って何のことだ?」

「おや、気づきませんでしたか? 彼らの追跡手段の一つは、匂いですよ。姫さまの甘やかな芳香(ほうこう)をクンクンして、(えつ)()ってしまったのが彼らの敗因でしょう」


 昔、森の民は誇り高い戦士である、とか聞いたことがあったけどよ、どこがだよ。


 「変態戦士(アンテロース)」とか二つ名をーー、


「ーーーー」


 ーーすうっと、意識が凝縮して。


 須臾(しゅゆ)、切り取った。


 牙の黄ばみまで見えてしまった大狼(リュカオン)の、ーー姿が掻き消える。


 体が理解して、力が抜けて、空気の重さすら感じて、すとんっと落ちてーー。


 立ち上がりながら、首を噛み砕こうと襲い掛かってきた、あたしの倍はあるんじゃねぇかっていう体高(たいこう)の、化け物じみた魔獣の後肢の付け根に、抜いた大振りのナイフを添える。


 こんな馬鹿げた自重(じじゅう)の魔獣に、抗うだけ無駄。力を籠めた分だけ、()()()()()()


 あとは何もしなくていい。相手の勢いで、勝手に切れる。


「ガアァッ!」


 ここで終わらない。迷うことなく魔獣に近接(きんせつ)。着地して痛みで動きを止めた大狼の、逆の後肢にーー。


 ーーここが肝所(ポイント)です。下手をすると、抜けなくなって武器を奪われてしまいます。


 体重を掛けて、押し込むように突き刺し、即座に手前に向けて引っこ抜く。記憶から(まろ)び出てきた耳障りな傅役の言葉を、痕跡すら残さなねぇくれぇに踏み(にじ)って、大狼から距離を取る。


「ググゥウ……」


 明らかな劣勢でも、戦意を(うしな)うことはねぇ。


 魔獣は、その命を確実に奪い取るまで、決して油断してはならない。なんてことを昔、どっかの物語で読んだな。


 ほんとそうだ、目が死んでねぇ。


 魔獣と戦ったのは初めてだが、あれが純粋な、殺意ですらない本能に根差す、敵意って奴なのか。


 「死眼(モロス)」とでも言いたくなるくれぇ、濃厚な気配を纏ってやがる。


 空気が凍ったような錯覚ーーああ、錯覚ってこたぁ、勘違ぇなんだからよ、虚勢だろうが何だろうが、図太ぇ笑みで、ぎんっ、と見返してやる。


「凄ぇな、クロは」

「私は謙遜(けんそん)が苦手ですので、姫さまが仰った事実に同意いたします」


 大狼から視線を逸らさず、周囲を見澄(みす)ます。


 もう近づく必要はねぇ。あとは遠距離から攻撃するんだが、適当なものがねぇな。


「クロが教えてくれた、内側に入り込むーーだったか? 体の前に心が動いたみてぇな変な感じだったけどよ。あと前に聞いた、大狼の特性って奴。一撃で仕留めようとしてくるってのも、頭じゃなくて体が覚えてたって感じだな。よくもまあ、あたしに仕込んでくれたもんだ」

「姫さまこそ、謙遜なさらなくてよろしいですよ。一応は仕込みましたが、使えたのは(まさ)しく、姫さまの努力の賜物(たまもの)です。それに、八年前に一度だけ説明した大狼の特徴を覚えているなど、ーーこのクロッツェ、感服脱帽敬服(おみそれ)いたしました」


 心にもねぇことをいけしゃあしゃあと言ってくれやがる。あたしがーー玩具(おもちゃ)が思い通りに動くのが、そんなに面白ぇか。


「ここまであたしにやらせたんだからな、あとはクロが止めを刺しやがれ」


 神聖力を散らしてみたが、特に警戒すべき(それらしい)反応はねぇ。


 大狼は単独行動と見ていいようだ。個別の魔獣の習性までは聞いたことねぇから油断はできねぇが、慎重すぎんのも駄目だ。


 ファナトラの森で魔獣が出たなんて聞いたことねぇから、調べて報告ーーって、ははっ、どこの誰に報告するってんだよ。


「これなど、お手頃な武器として、丁度良いでしょうか」


 クロは地面から露出した人の頭くれぇの岩をつかむと、……って、待ちやがれ!


 ちょっとだけ感傷的になってたあたしは、慌ててクロから離れる。


 ずぼっ。


 この傅役(ばかちん)はっ、野菜でも引っこ抜くように岩をぶっこ抜きやがった!


 そこには、大狼が隠れられるくてぇの大穴がーーつまり、クロが持ち上げた岩がそんだけ大きいっていうか巨大な、いってぇ馬何頭分、いや、何十頭分か? ってくれぇ馬鹿げてて。


 ったく、周りの迷惑ってもんを考えやがれ! 逃げ遅れて土を少し(かぶ)っちまったじゃねぇか!


「クゥ……」


 諦めることなく機会を窺ってた大狼の敵意が、粉々に砕け散った。


 魔獣から、表情が消えた。いや、表情が固まった、のほうが正しいか。


 命の最後の一欠(ひとか)けらまで燃やし尽くすと言わしめた魔物が、灰と化しちまうほど、無慈悲なのか無残なのか、現実に打ちのめされて。


 どずんっ。


 最期まで出来の悪い剥製(はくせい)のように、命なきもののように動かなかった。


 巨岩が魔獣を潰す間際に、跳躍する。


 着地すると、まだ地面が揺れてるのか、ふらついちまって。まあいいか、ってことで、そのまま座り込む。


「びゃあ~」

「ぅあー」


 魔獣じゃねぇ、警戒しなくていい(かわいい)奴らがやってくる。


 殺伐とした(たくま)しい鳴き声を上げながらぞろぞろと、って、おいおい、どんだけいやがんだよ。こんな群れに遭遇したのは初めてだ。魔獣といい猫どもといい、森で何かあったのか?


 最初に体を(こす)りつけてきた(ぶち)を持ち上げて、頭の上に乗せてやる。


 あとはわらわらと、って、こらっ、爪立てんな! だ~っ、順番で撫でてやっから喧嘩すんなって!


僭越(せんえつ)ながら、姫さま。丸見えなので、着替えられたほうがよろしいのでは?」


 娘の成長を喜ぶ父親のような目で見てきやがった。


 限界だったのか、ぽろり、とか、ぱっくり、とかしてやがるけど、もうどうでもいいや。(かろ)うじてドレスと呼べそうな(ボロ)を剥ぎ取って、()()になる。


 クロの目を見ればわかる。傅役(こいつ)はあたしを女として見てねぇだけじゃねぇ。人間が、服を着てねぇ動物を見ても何も感じねぇように、あたしとクロの間には、どうしようもねぇ(へだ)たりがある。


「猫ども、頼むわ」

「ごわぁ~」

「あ~ぅ」


 もう動くのも億劫(おっくう)だからよ、魔獣と戦った際に手放した「小薔薇」袋を持ってきてもらう。お礼に、薄汚れた白猫と黒猫をーーもしかして(つがい)かーー胸でぎゅ~としてやる。


 おぉ~う、嫌そうにわたわたしてやがんのに、本気で逃げねぇとこが可愛すぎんぜ(さいこうだぜ)


「相も変わらず、家猫には嫌われるのに、野生の猫には好かれていますね。口惜(くちお)しいことです。未だにその謎を解明できないとは……」


 演技も一級品。あたしじゃなきゃ騙されてる。


 苦悩する傅役の姿がムカついたからよ、逆に問い詰めてやる。


「あたしだって解明できてねぇよ。クロが何者か、吐きやがれ。吐かねぇと、猫どもに粗相(しっこ)させんぞ」


 城下町に視察(あそび)に行くときの、変装用の服を着る。目立つ赤髪を隠す帽子は、今は()らねぇな。


 森を抜けてきたってのに不自然なくれぇに清潔な、きっちり、かっきりした(よそお)い。


 クロの邪心を見抜いてるのか、猫どもは「結界」でも張ってあるみてぇに近寄らねぇ。家猫、野生の猫に限らず、傅役(こいつ)が動物に好かれてんのを見たことがねぇ。


「私の正体ですか? そうですね、金銀財宝でも、どばっと積んでください。そうしたら教えて差し上げましょう」


 あたしが持ってるのは、もしものために「小薔薇」袋に忍ばせておいた数枚の金貨だけだ。もう王女じゃないあたしを嘲笑(あざわら)うために現実を直視させたーーって、そりゃ穿(うが)ちすぎか。


 そもそもクロは、金に困ってねぇ。じゃなくて、価値を見出してねぇってか、そんな(タマ)じゃねぇってか。


 ーーでもまあ、()()()()()()。あとで覚えてやがれよ。


「クロ」


 頭の上の、臨時の「猫王」を下ろしてやると。阿吽(あうん)の呼吸とか言いたかねぇけど、あたしの願い通りに、クロはすいっと腕を横に振った。


 それだけで、巨岩がごろりと転がってーー適者生存、自然の摂理って奴だな、あたしは目を(そむ)けずに、潰れて(おぞ)ましい肉塊になった大狼に祈りを捧げる。


 偽善だろう何だろうがどうでもいい、あたしがしたいからするんだ。


「ほれ、腹いっぺぇ食いな」


 仕留めた片割れのあたしが許可を出すと、猫どもは喜び勇んで大狼に群がる。


「姫さま」

「わかってんよ。『浄化』だろ」


 耳に胼胝(タコ)だ。()む場所が違ぇってことなのか、病気をもらっちまうことがある。


 初期段階なら「浄化」が有効だからよ、「治癒」と併行して覚えさせられた。てかクロの奴は、神聖術が使えねぇ癖に、司祭以上に教え方が上手ぇって、どうなってやがんだよ。


「ゔゃ~」


 お礼のつもりか、残ってた「猫王」があたしの足に体をすりすり。わっしゃわっしゃと過剰撫で撫でして(かわいがって)やってから、仲間(?)の許に送り出してやる。


 ーー考えんのはあとだ。まだ早ぇ。一度(せき)を切れば止まんなくなる。


 この場所には見覚えがある。そう遠くねぇから、あたしは「古戦場」まで無言で歩いていった。

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