第80話 計画の進行
下の階に合流して、地下室のある部屋に行きます。
ミルルの顔色が悪かったので、ドロシーやセーラ、レベッカと一緒に、部屋の外に待たせました。
エリスは、地下に向かいました。
ルナさんは付いて行こうとしましたが、私は彼女を制止しました。
「……どういうつもりだ? あの地下室に、他の出入り口があったらどうする?」
「大丈夫だと思います。この状況で逃げたら、後ろめたいことがあると白状するようなものですから」
「考えがあるんだな?」
「はい」
私の答えを確認して、ルナさんは何も言いませんでした。
しばらく経って、エリスが戻ってきました。
「お待たせしました。急いで、この街を離れましょう」
「その前に、やることがあるでしょう?」
「……何ですか?」
「ミルルを、あの格好のままにしておくつもりなの? せめて、汚れだけでも落とさないと」
私がそう言うと、エリスは虚を突かれたような顔をしました。
「……そうですね。綺麗にしてあげないと、可哀想ですよね」
私達は部屋を出て、ミルルに、身体を洗うように伝えました。
「そんなの、いいです! 私なんかに構わないでください!」
ミルルはそう言いましたが、私は首を振りました。
「駄目よ。言ったでしょう? 旅の途中で汚れを落とすのは難しいの」
「ですが……!」
「もちろん、ゆっくりとする時間はないわ。エリス、水がある場所に案内して。ナナは水を運ぶのを手伝って。レベッカは、それを魔法で温めてちょうだい」
私の指示に従って、子供達は動きました。
それから、なるべく手早く、ミルルの身なりを整えます。
女の子なので、本当はもっと綺麗にしてあげたかったのですが、今は時間がありません。
私は、身体が綺麗になって安心した様子のミルルと、エリスの様子を見比べていました。
ようやく、私達は屋敷を後にしました。
そして、皆で馬車に乗り込みます。
「最初は私が歩くわ」
私がそう申し出ると、ナナ達は驚いたようでした。
「待って、お姉ちゃん。お姉ちゃんが歩く必要なんて……」
「いいのよ。行ける所まで行ってから、エリスと交代するわ。その次は、ルナさんにお願いします。とにかく、早くこの街から離れましょう」
「……最初から、そいつを歩かせたらいいのに」
そう言って、ナナはエリスを睨みました。
「その子の言ったことは正しいと思います。連れて行っていただくのですから、私が歩くべきだと思います」
エリスは、そう申し出ました。
しかし、私は首を振ります。
「いいえ。貴方を連れて行くことを決めたのは私だもの。最初は私が歩くべきよ」
歩く順番を指定したことには、意味があります。
私は、決して順番を譲らず、最初に歩くことになりました。
自分から申し出たものの、歩くことは、想像よりも大変でした。
旅をする生活で、自分の体力は向上していると思っていました。
しかし、馬車の後ろを歩き続けるのは、想像以上に疲労する行為でした。
ドロシーは、トイレ休憩という名目で、何度も馬車を止めました。
「エリスのことを知られなかったとしても、あの屋敷の異変に気付かれたら、私達について不審に思われるリスクは低くない。早く逃げる必要があることは分かっているな?」
ルナさんは、私に念を押すように言いました。
そんなルナさんのことを、ナナは怒りを込めて睨みます。
「……大丈夫です。私のせいで、急がなければならないことは分かっています」
私は、ナナを宥めながら答えました。
ルナさんは、それ以上は何も言いませんでした。
引き続き、私は歩きましたが、次第に眠気に襲わるようになってきます。
結局、私は夜明けまで歩くことができず、エリスと交代しました。
さすがに、無謀だったのかもしれません……。
善後策を講じることもできないまま、馬車の荷台で眠りました。
目を覚ますと、既に日は高く昇っており、エリスはまだ歩いていました。
しかし、かなり辛い様子です。
エリスの体力も、私と大差ないのでしょう。
「ルナさん、エリスの代わりに歩いてください」
私がお願いすると、ルナさんは、こちらをじっと見ました。
「それをするメリットが私にあるのか?」
「あります」
私は、間を置かずに答えました。
ルナさんは、私の真意を探るように見てきましたが、やがて首を縦に振りました。
「分かった」
「ねえさま……」
マリーはルナさんを引き留めようとしましたが、ルナさんはマリーの頭を撫でてから馬車を降りました。
馬車に戻ったエリスは、私と同じように、すぐに眠りました。
そんなエリスのことを、マリーは怒った顔で睨みます。
「寝かせてあげて。エリスは、また歩かないといけないんだから」
私は、そう言ってからマリーの頭を撫でました。
それから、ルナさんは夜遅くまで歩いてくれました。
さすがに、かなり疲れている様子です。
「今夜は、ここで夜営しましょう。明日も、今日と同程度のペースで進むので、そのつもりでいてください」
「……私はともかく、お前とエリスの体力がもたないだろう?」
そう言ったルナさんも、かなり疲れている様子です。
「大丈夫です。まだ、あの街から充分に離れたわけではありません。先を急がなければ……」
「無理はするな。少しの距離であれば、子供を2人ずつ歩かせる方法もある」
「それは最後の手段です。こうなったのは私とエリスの責任ですから、私達には頑張る義務があります」
「あ、あの……責任は、私にもあります……!」
ミルルは、エリスに無理をさせるのを嫌がっているようでした。
その様子を見ると、心が痛みます。
「そんなに心配しないで。あの街から、充分に離れるまで……それまでの辛抱だから」
「……」
「ミルル。今夜は一緒に寝ましょう」
エリスに呼ばれて、ミルルはそちらに行きました。
同じように、ナナは私に寄り添ってくれます。
マリーは、ルナさんと一緒に寝るようです。
そこまで確認してから、強烈な睡魔に襲われました。
とても、疲れました……。
馬車の荷台で寝ても、疲れはあまり取れていないように感じます。
私は、ナナに寄り添われながら眠りにつきました。
私の身体は、強く揺さぶられました。
疲れ切っていたはずなのに、急速に頭が冴えます。
目を開くと、ナナが私の顔を覗き込んでおり、近くには子供達が立っていました。
ドロシーが、休憩の時なの、計画を共有してくれたようです。
ほとんど計算どおりになった、と言っても良いかもしれません。
「行きましょう」
私は、小さな声で言いました。
そして、ルナさんがマリーと寝ていることや、ミルルが寝ていることを確認して、子供達とその場を離れました。




