第79話 私の思惑
「エリス。お前は、地下のことを知っているな?」
ルナさんの質問に、エリスは答えませんでした。
「何も知らないなら、ゴードン夫妻がお前を自由にしておくはずがない。ましてや、地下室がある部屋に、鍵もかけないのはおかしい」
「……」
「殺すのを手伝ったのか?」
「殺す……?」
ミルルは、不安そうな顔でエリスを見上げました。
「……私には、どうすることもできませんでした」
「夜が明けたら、お前は警備隊に出頭して事情を話せ」
「お姉ちゃん……捕まるの……?」
「……」
「死刑にはならないだろう。国外に追放されるかもしれないが、生きていれば会うこともできる」
「お姉ちゃんは、私のために……仕方なかったんです! 助けてください!」
懇願するミルルを、エリスは手で制しました。
「いいのよ、ミルル」
「でも……!」
「私は、人を殺す手伝いをしたの。殺された子供の中には、貴方よりも幼い子もいたわ。許されることではないのよ」
「……」
ミルルは、エリスにしがみ付きました。
エリスは、そんなミルルの頭を、笑顔を浮かべながら撫でます。
そんな2人を見ながら、私は決意を固めました。
「お待ちください」
「何だ? まさか……エリスを見逃せ、とでも言うつもりなのか?」
「そのまさかです」
「……正気か?」
「驚かれるのも無理はありません。ですが、この場は私に任せてください」
「……」
ルナさんは、私を嫌悪の籠もった目で見ました。
ですが、私はルナさんを無視して、ミルルに話しかけます。
「貴方は、これからも、エリスと一緒にいたいと思うの?」
「はい!」
「そう。でもね……エリスは、多くの子供を殺す手伝いをしたのよ。それが、どれほど重大なことなのか……貴方だって分かるでしょう?」
「……」
「エリスを逃がすなら、その罪を貴方も背負うことになるわ。ひょっとしたら、エリスと別れることよりも、もっと辛いかもしれないわよ?」
「……」
「覚悟が必要なことは、他にもあるわ。エリスと一緒に逃げるなら、遠くまで逃げる必要があるでしょう? でも、旅はとても大変なの。毎日、馬車に揺られて、夜は外で寝ることになるわ。食べ物はいつも保存食で、盗賊や野犬に襲われるリスクだってあるのよ? 場所によっては、魔物に遭遇するリスクもあるわね。それに、普段は身体や髪を洗うことなんでできないし、運良く川や湖を発見しても、全身を綺麗にしたかったら、屋外で裸になる必要があるのよ?」
「……外で、裸になるんですか?」
「そうよ。トイレも、外で済ませなければならないわ」
「……」
「そして、何よりも……エリスが子供達の殺害に関わったことを知られたら、追手が来るかもしれないわ。相手は治安を守る警備隊だから、殺すわけにはいかないし、いつまで逃げられるか、私達にも分からないのよ?」
「それだけじゃない。今、馬車はかなり手狭だ。2人も加わったら、誰かが歩かなければならないだろう」
ルナさんは、そう言って、子供達を見回しました。
今まで、人数が増えてきただけでなく、子供達が成長してきたため、既に馬車は余裕のない状態です。
身体が小さいミルルはともかく、エリスまで乗せることは不可能だと考えるべきでしょう。
「マリーやミーシャ達の体力は、普通の子供と大差ない。ずっと歩いてもらうことはできないぞ?」
「……わ、私が歩きます……!」
ミルルの言葉に、私は首を振りました。
「貴方には無理よ。こんなに痩せ細って……なるべく、体力を回復させないといけないわ」
「……」
ミルルは俯いてしまいました。
やはり、どうにかしてエリスを助けたいのでしょう。
「でもね。貴方がどうしてもって言うなら、私は、貴方達を連れて行きたいと思っているの」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、私達は、エリスを守ることまでは約束できないわ。身体が回復したら、貴方にも犠牲になってもらうことがあるかもしれないのよ? それでもいいかしら?」
「はい!」
ミルルの意思を確認してから、私はエリスの方を見ました。
「どうかしら? 貴方も、ミルルと一緒にいられるなら、その方が良いでしょう?」
「……そうですね」
そう言って、エリスは嬉しそうに微笑みました。
私は、その顔を、しっかりと見つめました。
「では、ゴードン夫妻の死体は隠します。それから、一刻も早く、この町を離れましょう。子供達を弔う時間がないとは、とても残念なことですが……」
「あの……せめて、地下の子供達に、祈りを捧げてきてもよろしいでしょうか?」
「……良いでしょう」
私が了承すると、エリスは安堵の表情を浮かべました。
ルナさんは、表情を消した顔をしたまま、何も言いませんでした。
私は、エリスとミルルを、他のメンバーと共に下の階に移動させました。
それから、ドロシーに命じて、魔法でゴードン夫妻の死体を消しました。
これで、ゴードン夫妻は、何らかのトラブルにより失踪したと判断されるでしょう。
エリスやミルルの死体が発見されなければ、連れ去られたと判断されて捜索されるかもしれませんが、私達が疑われるリスクは低いと信じたいところです。
さらに、私はドロシーに対して、必要な指示をしました。
ドロシーは頭の良い子なので、私の指示をすぐに理解してくれました。




