第78話 今際の際
「怖がらせてしまって申し訳ありません。私達は、決して貴方のことを傷付けたいわけではないのです。お願いですから、逃げたり騒いだりしないでいただけませんか」
私がそう言うと、女の子は小さく頷いたようでした。
「ミーシャ、放してあげて」
「かしこまりました」
ミーシャが離れると、女の子は怯えた様子で私達のことを見回しました。
「……貴方達は?」
「私達は、子供を救う活動をしている者だ」
ルナさんは、とても短い説明をしました。
女の子は、困惑した表情を浮かべます。
「お前は、マニという魔物を知っているか?」
「……確か、子供に取り憑いて、魂を食らうと聞いたことがあります」
「そのマニに取り憑かれた子供が、この屋敷にいる」
「えっ……?」
「上の階に、お前と同じくらいか、もっと幼い子供がいるな? その子にマニが取り憑いている」
「……!」
女の子は、心当たりがある様子で、身体を震わせました。
「落ち着け。私達なら、マニを駆除することができる」
「……本当ですか?」
「ああ。私達は、マニを駆除するために、この屋敷に忍び込んだ」
「お願いします! ミルルを助けてください!」
「ミルルというのは、お前の身内か?」
「はい……。ミルルは私の妹です」
「お前達は、この街の孤児院から引き取られたんだな?」
「はい」
「そうか。お前の名前は?」
「……エリスです」
「エリス、ミルルのところに案内しろ」
「……分かりました」
エリスは、まだ暗さに慣れていない様子で歩き出しました。
私達は、その後について行きます。
「エリス、貴方は……」
私は、地下のことについて質問しようとしました。
しかし、ルナさんが、手で私を制しました。
「話は後だ。今は、ミルルを救出することだけ考えろ」
「……」
おそらく、エリスは地下のことを知っているのでしょう。
この子が殺されず、拘束されている様子もないということは、子供達を殺すのを手伝っていたのかもしれません。
しかし、今はそれを非難して、断罪する時間はありません。
時間が経てば、ミルルがマニの餌食になってしまうリスクが高まるからです。
私達は、屋敷の三階の、一番奥にある部屋の前に来ました。
その部屋の扉を、エリスは小さな音でノックします。
「ミルル、まだ起きてる?」
「……お姉ちゃん?」
部屋の中から自然な反応があったので、私は安堵しました。
マニによって魂を食い尽くされた子供は、このような反応をしないからです。
「この扉には、鍵がかかっているのか?」
ルナさんの質問に、エリスは頷きました。
「鍵は、父さん……この屋敷の主人が持っています」
「ゴードンという男だな?」
「……はい」
「そうか。離れていろ」
指示を受けて、エリスは後ろに下がりました。
ルナさんは、またしても針金で鍵を開けました。
「……お姉ちゃん!」
鍵を開けて助け出すと、ミルルはエリスに抱き着きました。
ずっと閉じ込められていたらしく、ミルルはやせ細っています。
そして、マニに取り憑かれていました。
私は、ミルルからマニを剥がします。
それによって、私が抱えているマニは2匹になりました。
そういえば、同時に2匹のマニを抱えたのは初めてです。
今まで試したことはありませんでしたが、成功して良かったと思いました。
それから、私は部屋の中の様子を確認しました。
掃除はされておらず、酷い臭いがします。
排泄は、この部屋の中で、壺などにしていたのでしょう。
セーラや他の子供達は臭いが嫌らしく、鼻を摘まんだりしています。
やはり、ミルルが監禁されていたのは間違いないようです。
エリスは、ミルルを人質にされていたということでしょう。
ですが……違和感があります。
私は、エリスとミルルの様子を見ながら、何がおかしいのかを考えました。
「お前達、そこで何をしている!?」
突然、男性の怒鳴り声が廊下に響きました。
その声に、エリスとミルルが震え上がります。
見ると、高齢の男性が、激しい怒りの表情でこちらを睨んでいました。
その後ろに、同じく高齢の女性がいます。
「お前がゴードンか」
ルナさんは、怯んだ様子なく言いました。
「女の盗人か! お前らにやる金など無いぞ!」
「違う。私達は、この子達を助けに来た」
「助けるだと? 笑わせるな、人攫いめ!」
「お前達は、引き取った子供の大半を殺したな? 地下を調べれば明らかだ。罪を認めて大人しく出頭すれば、命は助けてやる」
「ふざけるな! 出頭などするものか!」
叫んで、ゴードンは、こちらに掌を向けました。
これは、攻撃魔法です!
「セーラ!」
「……」
セーラは障壁を展開して、ゴードンの魔法を完全に防ぎました。
「何!?」
障壁が消えた後で、マリーは魔法を撃ち返しました。
ゴードン夫妻は、その魔法で撃ち抜かれます。
「おい、マリー! 事情を聞き出すまでは殺すな!」
「……ごめんなさい」
「……いや。先に攻撃魔法を放ったのはあいつだ。即座に反撃するのは間違っていない。よくやった」
そう言って、ルナさんはマリーの頭を撫でました。
褒められたマリーは、パッと顔を輝かせました。
ルナさんは、ゴードン夫妻に近寄ります。
妻の方は息絶えているようですが、夫の方は即死を免れたようでした。
「最期に答えろ。引き取った子供達を地下で殺したのは、お前だな?」
「……何が悪い! 私は、自分で稼いだ金を、散々寄付してきたんだ! 子供を捨てる連中がいるから、私が処分してやったんだ! 受け取った金は、本当は私の金だったんだ! ゴミを処分して何が悪い……!」
「ミーシャ、トドメを刺して!」
「かしこまりました」
ミーシャは、ゴードンを一突きで殺しました。
「……放っておけば死んだはずだ」
「良いのです」
「……」
魔力の補充のことを考えれば、トドメを刺さない方が良かったことは分かっています。
ですが、この男の言葉を、ミルルに聞かせるわけにはいきません。
目の前で人が殺されて、ミルルは真っ青になっていますが、エリスは冷めたような顔をしていました。




