第77話 屋敷の地下
「子供達を救出するなら時間的な余裕はない。それに、ゴードン夫妻は、話せばわかるタイプの人間ではないかもしれない」
「……どうするつもりですか?」
「今夜、ゴードンの屋敷に忍び込む。手段を選ぶことはできないから、子供達の力を借りなければならない」
ルナさんの言葉に、私は頷きました。
悩んでいる時間はありません。
あの屋敷の庭は、大勢の子供が遊んでいる場所には見えませんでした。
つまり、屋敷の中に閉じ込められているのでしょう。
子供達が、どれほど劣悪な環境での生活を強いられているのか……考えるだけで恐ろしいことです。
夜になるのを待ってから、私達は動きました。
私とルナさんは、黒いフードを被っています。
子供達の存在は魔法で認識できないようにしても、私達が印象に残ってしまっては意味がありません。
大きな街でも、住宅の多い場所は、人通りが少なくなっていました。
そして、ゴードンという人の屋敷の周囲に辿り着くと、人は見当たらなくなりました。
ルナさんは、針金のような物を使って、門の鍵を開けました。
警備隊に所属していただけあって、こういった技術には詳しいようです。
「こじ開ければいいのに……」
活躍の場を奪われたナナは不満そうですが、騒ぎが大きくなるリスクは避けた方が良いでしょう。
「貴方には、これから活躍してもらうのよ。期待しているわ」
そう伝えると、ナナの機嫌は直りました。
私達は、庭を駆け抜けて、屋敷の扉もルナさんに開けてもらいました。
屋敷の中は静まりかえっていました。
ここに大勢の子供がいることを考えると、不気味さが増してきます。
「マニが取り憑いた子供はどこにいる?」
「……上です」
私は、上階に行くための階段を見ながら言いました。
「よし、行くぞ。住人に会ったら、まずは私が取り押さえる。いきなり殺すようなことはするな」
話がまとまりそうになったタイミングで、私の服の袖が引っ張られました。
「セーラ、どうしたの?」
「……」
セーラは、困った顔をして、階段とは異なる方向を指差しました。
「そっちに、何かがあるの?」
「……」
セーラは頷きました。
この子は、鋭敏な嗅覚を有しています。
一体、そちらに何があるのでしょうか……?
「その子は……確か、臭いに敏感だったな?」
「はい」
「ならば、先にそちらへ行こう。二手に分かれるのは得策ではない」
「そうですね」
私達は、セーラが指差した方向へ行きました。
真っ暗な廊下を、慎重に歩いて辿り着いたのは、物置のように使われている部屋でした。
子供はどこにもいないようです。
「……」
セーラは、部屋の床を指差しました。
よく見ると、そこは蓋になっており、持ち上げられるようです。
「お前達はここで待っていろ。私が中を確認してくる」
「……お一人で大丈夫ですか?」
「問題ない。誰かが来たら、なるべく静かに取り押さえろ。くれぐれも殺すなよ?」
私が頷いたことを確認して、ルナさんは蓋を開けました。
そこは地下室になっているようで、縄梯子が下がっています。
ルナさんは、それを使って下りました。
「……つまんない。あの人ばっかり……」
「ねえさまは強くて、カッコ良くて、頭もいいんだよ!」
「何よ! お姉ちゃんの方が綺麗なんだから!」
「貴方達、喧嘩しないで。今はルナさんを待ちましょう」
ナナは頬を膨らませました。
他の子達も、文句は言いませんが、不満はあるようです。
唯一、ルナさんの妹であるマリーだけは、ルナさんの活躍に心躍らせているようでした。
少しの間だけ待たされて。
ルナさんは、縄梯子を昇って、戻ってきました。
マリーは嬉しそうに近付きましたが、ルナさんが暗い顔をしているのに気付いた様子で立ち止まりました。
「落ち着いて聞いてくれ」
「……どうなさったのですか?」
「死んでいる」
「……!?」
それは、絶対に聞きたくなかった言葉でした。
「誰が……何人、死んでいるのですか!?」
「子供だ。かなりの人数が、変わり果てた姿になっている」
「……!」
本当に……ショックです。
私は、腰が抜けたようになってしまいました。
ナナ達が、私のことを心配している様子で近寄ってきます。
「おそらく、ゴードン夫妻は、子供を生かしておくつもりが最初から無かったのだろう。養育料を、全て自分のものにするために……」
「……酷い……」
「まったくだ」
さすがのルナさんも、険しい顔をしています。
幼い子供達が大勢死んでいるところなんて、見たくなかったのでしょう。
「……まだ、マニが取り憑いている子がいます! ゴードン夫妻には、子供がいないはずです!」
「そうだな。できれば、何人かは生きていてくれるといいんだが……」
「……師匠! 誰かが、こちらに来ます!」
レミがそう言ったので、私達は反射的に身を隠しました。
以前のナナ達であれば、積極的に戦おうとしたはずです。
私は、現実逃避するように、可愛い子供達が成長したことに思いを馳せました。
部屋に入ってきたのは、ランタンを持っている女の子でした。
歳は、ドロシーと同じ程度でしょうか……?
「……誰か、いますか……?」
女の子は、部屋の中を照らしながら、こちらに歩いてきました。
しかし、奥まで来る度胸はないらしく、すぐに引き返そうとします。
どうしようかと考える前に、ミーシャが動いていました。
一瞬で、女の子の後ろから左手で口を塞ぎ、右手のナイフを喉元に突き付けます。
「動くな。騒いだら殺す」
「!」
女の子は、突然の襲撃を受けて、ランタンを取り落としてしまいました。
ランタンは床を転がってしまいます。
「レベッカ、火を消して!」
「は、はい!」
レベッカは、魔法でランタンを氷漬けにしました。
これで火事の心配はありません。
「おい、ミーシャ! 勝手なことをするな!」
「貴方に命令される理由はありません。私は、御主人様のために動いています」
「ミーシャ、良くやってくれたわ」
「スピーシャ……!」
「でも、火に注意を払わないと駄目よ? それに、その子を怖がらせたら可哀想よ」
「申し訳ございません」
ミーシャは、素直に謝ってくれました。
それは、あくまでも、私の奴隷としての態度なのでしょうが……。