第76話 疑惑の屋敷
「この孤児院では、子供を引き取った人に対して養育料は渡していますか?」
ルナさんの質問を聞いて、私は驚いてしまいました。
「えっ? 子供を引き取ると、お金が貰えるのですか?」
私が発した質問に、院長は頷きました。
「はい。ですが、養育料は子供の生活の準備や、数ヶ月分の生活費としてお渡しするお金です。ゴードンさんからは、何十年も前からご支援いただいていたので、通常の金額に少し上乗せしてお渡ししておりましたが」
「そうですか……」
ルナさんは、何かを考え込むような顔をしました。
しかし、その後は無難な会話だけをして、私達と孤児院を後にしました。
「スピーシャ。私は、ゴードンという人物のことについて聞き込みをする。お前は、マリー達を連れて宿に戻れ。くれぐれも、私がいない時に、街の中心にある家に忍び込んだりするなよ?」
「当たり前ではないですか……」
言われなくても、昼間に、住宅街にある家に忍び込んだりしません。
決して自意識過剰なわけではなく、私はそれなりに目立つのです。
もちろん、マニに取り憑かれた子供のことは心配です。
早く助けてあげたいのですが……。
「あの家の様子を見に行くのもやめておけ。子供からマニを剥がす時の成り行きによっては、警備隊に追われるリスクもあるからな」
「……分かりました」
私の心情など、この人はお見通しのようです……。
ルナさんは、自分を見上げるマリーを抱き締めてから、私達と別れました。
私は、子供達を連れて、わざと路地に踏み込みました。
目的は、魔力の補充です。
案の定、1分も経たないうちに、私に声をかけてきた集団がいました。
「お嬢さん、こんな所に入ってきたら危ねえですよぉ?」
「こりゃあ、俺達が守ってやらないとなぁ」
4人の男が、私に声をかけてきました。
大きな街には、このような輩が必ず住み着いています。
私が住んでいた街にも、決して近寄ってはならないエリアがありました。
「申し訳ありません。せっかくですが、私には、この子達がおりますので」
そう言って、私は頭を下げました。
これで引き下がるのであれば、この人達は悪人ではないかもしれません。
「ん? あんた、こんなに子供を連れてたのか?」
「構わねえって。ガキなんて、そこらで遊ばせておけばいいだろ?」
そう言って、男の1人が私に近寄ってきました。
他の男達も、その男を止める様子はありません。
「セーラ、止めて」
私は、相手に怪我を負わせないように指示を出します。
セーラは魔法の壁を作り、男を弾き飛ばしました。
「いってぇ!」
「このアマ、何しやがる!」
「落ち着いてください。私には、貴方達と争うつもりなどありません」
「うるせえ! お前ら! ガキは始末して、女は剥いてヤッちまうぞ!」
男達は、刃物を取り出しました。
私は、あえて全ての感情を消して、子供達に命令しました。
「貴方達。この男達を、なるべく時間をかけて始末して」
血の海になった現場から、私達は立ち去りました。
ドロシーの魔力が勿体ないので、掃除はしませんでした。
ルナさんから聞いたのですが、ゴロツキのような男達が惨殺されても、街の警備隊は真剣に捜査などしません。
通りすがりの私が、犯人として捕らえられるリスクはほとんどないでしょう。
このような方法による魔力の補充は、ほとんど抵抗なく行えるようになりました。
必要なことなので、特に躊躇する理由はありません。
ですが……私は、人として大切なものを、徐々に失っているのではないかと不安になることもあります。
そんなことを考えた時に、「妹」であるナナは、いつも心配そうな顔で私を見上げます。
そして、私は心優しい「妹」の頭を撫でてあげるのでした。
夕方になって、ルナさんが宿に戻ってきました。
マリーは、嬉しそうにルナさんに抱き着きます。
そんなマリーを撫でてから、ルナさんは何かに気付いた様子でこちらを睨みました。
「お前は、この子達に何をさせた?」
「面倒な男性に絡まれてしまっただけです」
「……」
ルナさんはため息を吐きました。
おそらく、その程度のことではなかったと察しているのでしょう。
「……まあいい。どうやら、ゴードンというのは、マニがいる、あの屋敷の主人らしい」
「そうなのですか?」
あの屋敷は、裕福な家庭のものとは思えません。
そして、そんな屋敷の主人が20人以上の子供を引き取った、というのは違和感があります。
「時間がなかったから、詳しい事情を知っている人物には会えなかったが、ゴードンには妻がいて、子供はおらず、大勢の使用人を雇っていたようだ。だが、使用人は全員解雇されたと言われている。どうやら事業に失敗して、今では困窮しているようだ」
「それなのに、大勢の子供を引き取っているのですか?」
「そうだ。ゴードン夫妻に子供がいないということは、引き取った子供達の中に、マニが取り憑いた子供がいるのだろう」
「どうして、困窮している人が、次々と子供を引き取るのでしょうか?」
「おそらく、子供を引き取った時に受け取れる養育料が目的だろう」
「……ですが、たとえ増額されていても、1年も経てば使い切ってしまう程度の金額なのでしょう? すぐに、赤字になってしまうではありませんか」
「ああ。つまり、まともに世話をするつもりがないのに、目先の金のために引き取っているということだ」
「……!」
「マニが取り憑いた子供がいることからも、引き取られた子供達は、相当な精神的苦痛を受けていると考えて間違いないだろう。一刻も早く助け出さなければ危険な状況だ」
さすがのルナさんも、気分が悪そうな顔をして言いました。
マリーが、心配そうな表情を浮かべます。
ろくに世話をするつもりがないのに、20人以上の子供を引き取るなんて……信じられません。
そんな人に引き取られた子供は、今でも無事なのでしょうか?
まさか……。
良くないことを考えそうになって、私は頭を振りました。
私のことを心配した様子で、ナナが近寄ってきます。
ナナを安心させようとして笑いかけようとしましたが、上手にできている自信はありませんでした。