第75話 孤児院の子供
私達は、大きな街に辿り着きました。
この街には、気になるところがあったので、早く来たかったのですが……他のマニを放置するわけにもいかなかったのです。
街に来て、私が感じていたことが正しかったことを悟りました。
この街には、マニが2匹いるようです。
大きな街であれば、充分にあり得ることですが……私達にとって、好ましい事態でないことは確かでした。
「どうだ? やはり、2匹いるのか?」
事前に説明をしておいたルナさんから尋ねられて、私は頷きました。
「そうか……。ならば、打ち合わせどおりにしよう。まずは、宿を確保する」
「はい」
私達は、街の人に尋ねて、なるべく安い宿へと向かいました。
そして、4部屋を確保します。
最近になって、お金が減ると、不安な気分になるようになってしまいました。
やはり、前の町で他人に金貨を3枚も渡したのは、やりすぎだったのかもしれません……。
「金が無くなるのは、不安だろう?」
ルナさんが、淡々とした口調で言いました。
「……」
「普通の人間は、そう感じるものだ」
世間話のような口調で、ルナさんはそう言いました。
ナナが、ルナさんの方を睨みながら、私に抱き付くようにしてきます。
私は、ナナを宥めるために頭を撫でました。
その後、私達は宿を出て、街の中心に近い方へと向かいました。
途中で、商人から何度も声をかけられましたが、ルナさんが適当にあしらいます。
こういう時には、ルナさんが一緒にいてくださることが、とても心強く感じられました。
子供達と一緒にいて分かったのですが、ミーシャやマリーが周囲の注目を集めなくなるのは、本人達が無意識に発動する魔法の効果のようです。
その魔法は常に発動しているわけではなく、人が多い場所で発動する効果の弱いものと、特に注目されるような言動をする時に発動する効果の高いものがあるようです。
おかげで、女子供だけで旅をしていることによる注意は弱まりますが、私とルナさんだけでも注意を惹いてしまうため、どうしても商人などから声をかけられてしまうのでした。
人混みをくぐり抜けて、私達は街の中心に近いエリアの、高級住宅が建ち並んでいる場所を訪れました。
その中でも、特に広い庭のある屋敷に辿り着きます。
マニは、この屋敷にいるようでした。
しかし……門から中を覗き込んでも、人がいる様子はありません。
そして、庭は荒れ放題になっており、手入れを行っている様子もありませんでした。
「この屋敷に、マニに取り憑かれた子供がいるのか?」
「……はい」
「そうか……。上流階級の家が落ちぶれるのは、よくあることだが……マニが取り憑いたのは、経済的な理由か、家庭の不和か……」
ルナさんは、少しの間だけ考える様子を見せましたが、すぐに打ち切るように言いました。
「この屋敷は後回しにする。もう1人の方を優先するぞ?」
「分かりました」
私達は、寂れた屋敷を後にしました。
本当は、屋敷に忍び込んで、子供を助け出せれば良いのですが……今、騒ぎを起こすわけにはいきません。
私達は、街の隅にある、孤児院を訪れました。
孤児院の職員は、私達を見ると驚きましたが、ルナさんの巧みな説明によって、すぐに招き入れてくれました。
女と子供しかいないと、こういう時には便利です。
「当院では、30人ほどの子供が暮らしています。心ある皆様のご支援により、最低限のことはできるのですが……やはり、ご家庭に迎え入れていただくことが、子供達にとって良いことなのだと思います」
孤児院の院長は、そのような話をしながら、私達を子供達のところに案内してくれました。
そこには多くの子供がいました。無邪気に遊んでいるようでしたが、陰があるように見える子もいました。
そして……いました。
庭の隅に座っている、沈んだ表情の女の子から、マニの気配を感じます。
幸い、マニはまだ子供を殺せるほど大きくなってはいません。
私は、そのマニを子供から剥がしました。
「この子達は……今後、どうなるのでしょうか……?」
マニを駆除しても、子供達の境遇が改善するわけではありません。
私が暗澹たる気持ちで呟くと、院長はこちらを安心させるように笑いかけてきました。
「貴方は心優しい御方ですね。ですが、この子達の多くは、いずれは子供のいない家庭に引き取られます。そこまでご心配いただかなくてもよろしいのですよ」
「そうなのですか……?」
「はい。ですが……どうしても、先立つものは必要です。可能であれば、ご支援をお願いしたいのですが……」
「……」
これからの旅にもお金は必要です。
気前よく支払うのはためらわれますが……孤児院の子供達のためであれば、多少は支払ってあげたいものです……。
「そうですか。では、ささやかではありますが……」
私が悩んでいると、ルナさんは院長に数枚の金貨を渡します。
金額が大きかったので、私は驚いてしまいました。
「ありがとうございます!」
「いえ。ところで、この街の裕福な家でも、ここから子供を引き取ることがありますか」
「はい。ゴードンさんのお宅なんて、もう20人以上も引き取ってくださいました」
「そんなに……。少し、多すぎるように感じますが……?」
「ゴードンさんは多額の財を成した方です。老後は、子供に囲まれて賑やかに暮らしたいと希望なさっていらっしゃいました」
「……ひょっとして、ゴードンさんのお宅は、街の中心部に近い高級住宅街にありますか?」
「はい。社会的な信用のある方でなければ、子供を引き渡すことはできませんから。それが何か?」
「いえ……」
ルナさんは話を打ち切りました。
それは、なるべく相手に疑問を抱かれないようにするためだと感じました。




