第74話 力の使い方
「お姉ちゃん」
部屋に戻って自分のベッドに入ろうとした時に、ナナが声を発したので、私は驚きました。
「ナナ……駄目じゃないの。早く寝なさい」
「私……あの人がお姉ちゃんを苦しめるなら、絶対に許せない!」
そう言ったナナが、ルナさんに対して憤っていることは明らかでした。
「心配しないで。今は、貴方の力を借りる必要なんてないわ」
「でも……!」
「御主人様」
今度は、ミーシャが声を発しました。
私達の声で目を覚ましたのではなく、元々起きていた様子です。
「ミーシャ……貴方まで……」
「ルナさんが、マリーのお姉様であることは承知しています。ですが……我々は、御主人様を苦しめる存在を許容するわけにはまいりません」
「……」
いつの間にか、セーラも上体を起こして、こちらをじっと見ていました。
この子達は、私が、ルナさんに苦しめられていると思っているようです。
とても困った事態に陥ってしまいました。
いかにルナさんといえど、この子達に襲われれば、為す術がないことは証明済です。
ですが、私は、そのようなことを望んでおりません。
「貴方達、よく聞いて。ルナさんは、考え方に違いはあっても、私の大切な友人なの。だから、喧嘩することがあったとしても、貴方達にルナさんを攻撃させるようなことはしないわ」
「でも……!」
「ナナ。私の妹なら、すぐに力に頼っては駄目よ。ミーシャも、セーラも……いい子だから、私の言うことをよく聞いて。貴方達には、ルナさんと仲良くしてほしいの。心かららそう思っているのよ」
「……分かったわ、お姉ちゃん」
「かしこまりました」
「……」
少女達は、私の言葉に頷きました。
「じゃあ、私は、他の部屋を見てくるわ。今度は、ちゃんと寝ないと駄目よ?」
そう言って、私は部屋の外に出ました。
それから、廊下で、深呼吸を繰り返しました。
少女達は、警備隊や、数十人の盗賊が相手でも、一瞬で葬り去る戦闘能力を有しています。
そんな彼女達が、暴走してしまったら……!
恐ろしいことを考えてしまい、身震いします。
もしも、私が、ルナさんを排除したいと願ったら……。
たとえ、それが一時の気の迷いであったとしても、彼女達は、それを実行してしまうかもしれないのです。
そのようなことは、決してあってはなりません。
今回のようなことが、いずれ起きるのではないかという懸念は持っていました。
そこで、ルナさんに、マリー以外の子供達についても、姉になってほしいとお願いしたことがあります。
ですが、ルナさんは断りました。
たとえ方便であっても、マリー以外の誰かの姉になるのは嫌だ、というのが理由でしたが……私には、それだけが理由ではないように思えました。
ルナさんは、私を助けに来た際に、少女達によって、仲間を全て殺されています。
それは、彼女達を支配していた男が悪いのだと、頭では分かっているでしょう。
ですが、人の恨みは、そう簡単に消えるものではありません。
口には出しませんが、ルナさんの中には、わだかまりが残っているようでした。
……いいえ。
薄々分かっていることでしたが……ルナさんは、私の残酷な命令に、嬉々として従う少女達が許せないのでしょう。
そして、彼女が最も憎んでいるのは、それを命じている人物……私であるはずです。
さらに言えば、私の方も、自分を嫌っているルナさんのことを、無意識に警戒してしまっているのかもしれません。
それ以上は考えたくなかったので、私は何度か頭を振って、思考を中断しました。
それから、他の子供達の部屋をそっと覗きました。
どうやら、皆、ぐっすりと眠っている様子です。
私は、少し安堵しました。
翌日、私達は旅を再開しました。
「ルナさん、そういえば……昨日、町であった騒ぎは何だったのですか?」
私は、マニを駆除する前に発生した出来事を思い出して言いました。
昨夜のことは、なるべく意識しないようにします。
「あれは、高利貸しの取り立てだ」
「……取り立て? それで、貴方は、どのように対応したのですか?」
「家の中に向かって『警備隊を呼んだ、もうすぐ来る』と叫んだ。それを聞いて、取り立て屋は、すぐに引き揚げて行った」
「それでは……何も解決していないではありませんか!」
「当然だろう? 仮に、取り立て屋を微罪で捕らえても、あの家の住人の借金がなくなるわけではない。すぐに、代わりの人間が取り立てに来るだけだ。たとえ警備隊であっても、解決できない問題など、いくらでもある」
「ルナさんは……それでも良いと思っているのですか!?」
「良いか悪いかではない。出来るか、出来ないかだ。我々に、借金を全額返済する金があれば、それを与えるのが一番いいが……」
「昨日の取り立て屋は、娘を売れ、などと言っていました! もしも、親が本当に身売りでもさせたら……!」
「その心配はないだろう。おそらく、あの一家は、昨夜のうちに夜逃げしたはずだ」
「……」
「家族が無事なら、どこに行っても、やり直すことは出来る」
ルナさんはそう言いましたが、私は納得できませんでした。
ナナが、私の顔を窺うようにしてきたので、私は笑みを作って、彼女の頭に手を乗せました。
私達に、もっとお金があれば、きっと、色々なことを解決できるでしょう。
そんな我々が、お金の制約によって困っている一方で、高利貸しが暴利を貪るなど……そんな理不尽なことが、あっても良いのでしょうか?
一瞬だけ……その高利貸しを襲って、私達を支配していた男のように、大金を手に入れようかと考えてしまいました。
ですが、お金を貸すことも、貸したお金を取り立てることも、違法行為ではありません。
何より、あの男と同じ方法でお金を手に入れるなど、あってはならないことです。
どこかに、簡単に稼ぐ方法はないものでしょうか……?
いけないことだと思いながらも、そう考えずにはいられませんでした。




