第72話 少女の母親
私達は、服を脱いで水浴びをしました。
少女達は、互いに水をかけ合ったりして、楽しそうです。
私が仲良くするように命じたら、少女達は、すぐに自然な状態になりました。
どうやら、彼女達の仲が悪かったのは、あの男の考えが反映されていたためであり、与えられた人格による変えられない性質ではなかったようです。
呆気なかったため、少し驚きましたが……私の願いどおりになって喜ばしいと思いました。
子供らしくはしゃいでいるナナを見て、改めて、私達を支配していた男のことを思い出してしまいます。
彼は何故、妹にこだわっていたのか……結局、分からずじまいでした。
深淵の魔女に尋ねれば教えてもらえるかもしれませんが、わざわざ、そのようなことを教えるためだけに、私の前に現れることはないでしょう。
そのため、真相は分からず、想像することしかできませんでした。
ですが……あの男が「実の妹」にこだわり、兄と結婚すべきだとナナが認識していたことを考えると、酷い想像しかできません。
例えば、あの男に本当の妹がいて、虐待して死なせていたとしたら……?
そして……その妹が自然死のような死に様で、マニによる犠牲者であることが疑われたとしたら?
だからこそ、あの男は、深淵の魔女に追い詰められた状況で、マニのことを思い浮かべることができたのではないでしょうか?
少しだけ……元々善良だった男が、妹の死によって発狂し、あのような人物になってしまったという可能性も考えました。
ですが、そのような出来事があったとしても、正常な人間から、あのような人でなしが生まれるとは思えません。
やはり、あの男は、生まれた時から極悪人であったと考えるべきでしょう。
そこまでで、私は考えを打ち切りました。
あのような男のことなど、もう考えたくなかったからです。
私達は旅を続け、次の町に到着しました。
この町に、マニに取り憑かれた子供がいるのです。
犠牲者を、これ以上増やすわけにはいきません。
私達は、急いで子供の所へ向かいました。
その途中、町の中で、騒ぎが起こっていました。
注意を向けると、数人の野次馬が集まっており、彼らの前にある家の中から、「金がないなら娘を売れ!」などという不穏な言葉が聞こえます。
「ここは私に任せろ。お前は、マニを駆除しに行け」
そう言って、ルナさんは人だかりの方に向かいました。
家の中で起こっていることが気になりましたが、マニを駆除することは私にしかできません。
人間同士のトラブルであれば、ルナさんに任せるのが最善でしょう。
そう考えて、私は先を急ぎました。
目当ての子供はすぐに見つかりました。
取り憑いているマニは、あまり大きくなっていないものです。
私は、ぼんやりと佇んでいる栗色の髪の少女からマニを剥がしました。
マニが大きくなって、少女の魂が食い尽くされる前に助けることができて良かった。
私は安堵して、息を吐きました。
しかし、気になって、私はもう一度、少女のことを見ました。
その少女は、小さな身体で、痩せ細っていて、生気の感じられない顔をしています。
この旅を始めてから、同じような子供を何人も見ており、その度に話しかけようとして、ルナさんから止められていたのですが……。
「貴方達。セーラ以外は馬車に戻りなさい」
「えっ、どうして?」
尋ねたナナも、他の少女達も、不満そうな顔をしています。
「お願い。どうしても、やっておきたいことがあるの」
そう言って、私は少女達を促しました。
渋っていた少女達は、結局、セーラだけを残して戻って行きました。
私は、栗色の髪の少女に話しかけました。
「こんにちは」
そう声をかけると、少女は驚いた様子で、ビクリと身体を震わせました。
そして、何も言わずに逃げ出してしまいます。
「……セーラ、あの子の家を突き止めて」
私がそう指示すると、セーラは頷いて、少女が向かった方向の反対側に歩き出しました。
私達は、1軒の家に辿り着きました。
その家も、周囲の家も、粗末な造りで、おまけにボロボロです。
この地域に住んでいる人々は、ほとんど困窮しているように思えました。
セーラが、私を見上げて頷きました。
この家が、少女が住んでいる家のようです。
私は、彼女の頭を撫でて労ってから、家の扉をノックしました。
「……誰?」
家から出てきた女性は、私を見て言いました。
「あの……娘さんのことで、お話がありまして……」
「……何なの、あんた? あの子と、どういう関係なの?」
女性は、強い警戒心を露わにしました。
自分が子供を虐待していることを指摘されるかもしれない、と怖がっているように見えます。
「私は、ただの通りすがりです」
「……だったら、早く帰って」
「ですが……大変失礼ですが、娘さんは、充分に食べていないように見えましたので……」
「何なのよ、あんた! 私のことを、娘を食べさせていくこともできない貧乏人だって、馬鹿にしてるの!?」
女性は、カッとなった様子で、私に掴みかかろうとしました。
しかし、その前にセーラが障壁を展開して、私のことを守ってくれます。
壁に触れて弾かれた女性は、尻もちをつきました。
「ありがとう、セーラ。でも、まだ話があるから、壁は消してくれないかしら?」
私はそう言って、障壁を消してもらいます。
やはり、セーラだけを連れてきたのは正解でした。
この場にナナやミーシャがいたら、この女性を殺してしまったかもしれません。
「……ちょっと、痛いじゃない! 何なのよ、何様のつもりなの!? 勝手に押しかけてきて……!」
「申し訳ありません。お詫びに、これを」
私は、女性に1枚の金貨を差し出しました。
女性は、驚きに目を見開いて、ほとんど反射的に手を出してきます。
「……な、何よ! 私のことを、哀れんでるの!?」
受け取った金貨を隠すようにしながら、女性は言いました。
「いいえ。貴方ではなく、あの女の子のことを哀れんでおります」
「……あんたの善意って安いのね。これだけのお金で、子供をずっと養っていけるとでも思ってるの?」
「思っていません。ですから、これを」
そう言ってから、私は金貨を2枚渡しました。
女性は、戸惑った様子で、それを受け取りました。
「……これでも、子供を1人育てるには足りないわよ」
「そうでしょうね。ですが、しばらく生活するための足しにはなるでしょう。娘さんに、美味しいものでも食べさせてあげてください。あの子のことを、これからも、大切に育ててあげてくださいね?」
「……余計なお世話よ。用が済んだなら、早く帰って」
「では、失礼します」
私は、その場から立ち去りました。
少女のことが心配でしたが、私にできることは、ここまでです。
これで、少しでも事態が改善することを期待したいと思いました。




