第71話 魔力の補充
「た、頼む……! 助けてくれ……頼む……!」
私に命じられて互いに殺し合い、最後に生き残った盗賊の男は、命乞いをしました。
這いつくばっている男を、冷めた気分で見下ろしながら、私は「弟」に命じました。
「ダン。この男の記憶を全て消して」
「はい、姉上」
ダンが男の頭に指を突きつけると、男は意識を失って倒れ伏しました。
これで、この男達は仲間割れをして殺し合い、生き残った1人はショックで記憶を失った。そのように見えるでしょう。
やるべきことをやって、私達は馬車に戻りました。
「信じられないほど、残酷なことをするな……お前は!」
ルナさんが、私を睨みながら言いました。
「必要な、儀式のようなものです」
私は、淡々と応じました。
「お前は……最低の人でなしだ!」
「そうですか」
ルナさんに罵られても、心は痛みません。
この人は、法を守ることを使命としていた人でした。私とは存在意義が異なります。
それに、ルナさんには、まだ魔力のことを話していません。怒るのは仕方ないことでしょう。
「ねえさま。ママと喧嘩しちゃイヤ」
マリーが、ルナさんに言います。
ルナさんは、マリーを抱きしめて頭を撫でました。
「……マリーに、あまり酷いものを見せるな」
「その点については、本当に申し訳ないと思っております」
これは、心の底からの謝罪でした。
私が、ルナさんの傍にいるように命じても、マリーは、他の少女達と一緒に戦おうとするのです。
マリーが私の命令に従わない理由は、色々と考えられますが……いずれにしても、ルナさんには気の毒なことでした。
捕らえた盗賊に対して、互いに殺し合うように命じたことには理由がありました。
原因は、ダンを救えなかったことです。
本当の彼を助けることができず、代わりの魂を入れるしかなかったことは、痛恨の出来事でした。
新たな魂を入れることで、かろうじて、身体だけは助けることができましたが……魔力の消費量は、深淵の魔女が言ったとおり莫大でした。
せっかく回復してきていた魔力を大量に消費してしまい、それから1ヶ月程度が経過しても、満足な量が回復していない状況です。
このままでは、私も子供達も死んでしまうという危機感が、私の中で高まりました。
失った魔力を補うために、私は盗賊を苦しめることにしたのです。
この馬車に乗っているのが女子供ばかりだからなのか、私達は、盗賊に時々襲われます。
そのことが、私を苛立たせました。
弱い者から奪って、金品を得る。
加えて、女子供を拐い、犯したり、売り飛ばしたりする。
そんな連中は、惨たらしく殺されて当然だ。そう思いました。
それから数日後。
私達は、湖に辿り着きました。
「ここで、水浴びをしましょう。ダン、貴方は見張りをしなさい」
「は、はい、姉上……」
「もしも、誰かが私達のことを覗いたら、直近の5分程度の記憶を消してから、帰っていただきなさい。それと……貴方が覗いたら、今度は、お尻を叩くだけでは済ませませんからね?」
「わ、分かっています!」
ダンは、逃げるようにして、遠くへ行ってしまいました。
「お前は……この前のことを、まだ根に持っているのか?」
ルナさんが、呆れた様子で言いました。
前回、川で水浴びをした際に、ダンが私達のことを、こっそりと覗いていたのです。
「羞恥心から怒っているわけではありません。あの子は、私の『弟』になったのですよ? しかも、将来は、ミーシャと結婚させる予定なのです。覗きをするような卑劣な男が、私の義弟では困ります」
「あの程度であれば、可愛いものだと思うが……」
「ルナさんは、腹が立たないのですか? 覗きだって違法行為でしょう?」
「それはそうだが……あいつはまだ子供だ。仮に大人だったとしても、微罪だし、当事者間で示談して、不問に付される場合が多いからな」
「……」
女性を傷付けておいて、大した罪に問われないのであれば、そんな法は間違っています。
怒りが収まらず、私は足元の石を蹴飛ばしました。
「やめろ。お前は、段々と素行まで悪くなってきたな。マリーが真似をしたらどうするつもりだ?」
「ダンの人格は、カイザードと同じものを生み出そうとしたのです。それなのに……どうして、あのような子になってしまったのか……」
私はため息を吐きました。
少女達が嫉妬心を有しているのは、かつて私達を支配していた男がイメージした女性像が、そのようなものだったからでしょう。
では、ダンがあのような性格なのは……?
私の中に、男の子は、いやらしいものだというイメージがあったのでしょうか?
ダンの人格を決める時。
私は、カイザードのことだけを考えて、人格を構成しました。
ですが……ダンがカイザードとはかけ離れた言動をすると、私は不安になります。
私の脳裏に焼き付いた、あの人でなしの幻影が、私が生み出した魂にまで影響を及ぼしているのではないか……?
そのような恐怖に苛まれるのです。
「カイザードか……。あいつの人格を参考にしたから、失敗したのかもしれないな……」
「何ですって?」
「あいつは、男としては清潔すぎた。あの男に言い寄る女は何人もいたが、あいつは、許婚……つまり、お前のことしか考えていなかった。そんな男は、他に見たことがない」
「私の父だって、カイザードと同じです。異性として愛した相手は、母だけでした」
「お前は、随分と極端な男にばかり、巡り会ってきたようだな……」
ルナさんは、ため息を吐きました。
何故呆れられているのか、私には分かりません。
「男性が清潔ではいけないと仰るのですか?」
「そういうわけではない。だが……お前だって、男と女がどうやって子供を作るのか、知っているだろう?」
「当然ではないですか。……嫌なことを思い出させないでください」
「……すまない。だが……健康な男には、女のことを考えて、欲求を処理する習性がある。そのことは知っているか?」
「やめてください! そのような話は、聞きたくありません!」
「……」
ルナさんは、それ以上は何も言いませんでした。
ダンが、あの人でなしと同じような言動をしたら……私は、抹殺する決断をしなければならないでしょう。
あの子には、立派な紳士になってほしい。そう思わずにはいられませんでした。




