第69話 私の決意
「マリー、貴方に預けたブレスレットを、ルナさんに返してあげて」
「はーい」
マリーは、ルナさんから奪い取った、石をつないだブレスレットを取り出しました。
「これは……! 今まで、持っていたのか!」
「うん。ママに、持っておいてって頼まれたの」
「そうだったのか……。ありがとう、スピーシャ」
「いいえ。私は、これをルナさんから奪い取ることを、止められませんでした……」
「……教えてくれ。あの男は、何故死んだ?」
「……」
私は、ルナさんのことを見つめました。
ルナさんの目は、警備隊員のものに変わっています。
おそらく、私が何をしたか、察しているのでしょう。
「ルナさん。貴方には、全てを聞いたいただきたいのです。私の妹が、あの男に支配されてから、解放されるまでの話を……」
「……」
私は、これまで起こった出来事のほとんど全てのを、ルナさんに話しました。
ただ、魔力の源や、それを原因とした生死に関する話だけは隠しました。
ルナさんは、私の長い話を、ただ静かに、ずっと聞いてくれました。
「その話が本当だとすると……お前は、あの男の力を奪い、それを使ってあの男を殺した……というわけだ」
「そのとおりです」
「つまり……お前は、人殺しだな」
「……そうですね」
「お前の気持ちは、誰よりも分かるつもりだ。だが……罪は償うべきだ」
「貴方の立場であれば、そう仰ることは理解できます。ですが……私は、公に裁かれるつもりはありません」
「……何故だ?」
「私が捕らえられたら、少女達は、私を救おうとします。それは、私の意思とは関係ありません。すると、少女達は、戦い続けられる限り、戦おうとするでしょう。この子達の強さは、ルナさんだってご覧になったはずです」
「お前は……それでいいと思っているのか?」
「良いか悪いかは関係ありません。できないから、やらないのです」
「……」
ルナさんは、苦渋の表情を浮かべました。
この人は、少女達によって、目の前で仲間を何人も殺されています。
その少女達が、私を守ろうとして暴走すれば、とてつもない犠牲が出ることは分かっているはずです。
ルナさんは、少女達に魔力の上限があることを、まだ知りません。
そのため、私に対して、出頭することを強く促せないのでしょう。
実際のところ、少女達には魔力の制限があるため、国を滅ぼすようなことはありません。
ですが……現状の魔力だけでも、数百人の犠牲者が出るかもしれません。
そして、もっと魔力があれば、犠牲者は数千人、数万人と増加するでしょう。
ルナさんに、魔力に関する秘密をどこまで明らかにするかは、まだ迷っています。
全てを明らかにしてしまえば、ルナさんが敵に回った時、私達は危機に陥るからです。
ルナさんは、私のことを睨みました。
「お前は、これから……どうするつもりだ?」
「この忌まわしい力を手に入れた者の責任として、私はマニの駆除に尽力したいと思います。深淵の魔女は、私がこの力を使って、人類に恐怖を与えることを期待しているのだと思いますが……そのような思惑は、私には関係ありませんので」
「甘いな」
「えっ……?」
「魔女が、何故お前に力を移したのか……その理由を考えるべきだ。魔女は、お前であれば、人類に恐怖を与えることを確信していたはずだ」
「あり得ません! 私が、破壊活動を行うなど……!」
「大規模な破壊活動だけが、人類に恐怖を与える行為ではない。実際に、魔女は、小悪党に力を与えてきたのだろう?」
「……」
そういえば……魔女は、まるで、私に期待しているかのようなことを言っていました。
とても不本意な話でしたが……ルナさんは、私に、魔女の思惑に沿うような、何らかの素質があると思ったのでしょうか?
私が困惑していると、突然、馬車が止まりました。
「どうしたの?」
「先生……」
困った様子で振り返ったドロシーの先に、10人ほどの男達が立ち塞がっていました。
全員が、抜き身の刃物を握りしめ、こちらを見ています。
「ここを通りたければ、金を置いて行くんだな!」
「おっ、いい女が乗ってるじゃねえか!」
男達は盗賊です。
気が付くと、馬車の後ろにも、数人の男が回り込んでいました。
「……チッ。前の連中は私に任せろ。悪いが、後ろの連中は子供達の力で食い止めてくれ。さすがに、両方同時に相手にすることはできない」
そう指示して、ルナさんは剣を抜き、馬車を降りようとします。
「ねえさま!」
「心配するな、マリー。お前は、お前の力を使って、奴らを威嚇してやれ。間違っても当てるんじゃないぞ?」
ルナさんは、マリーにそう言いました。
マリーにも力があるからには、他の少女達を戦わせて、自分の妹にだけは何もさせないというのは問題だと思ったのでしょう。
ふと、私は思いました。
甘いのはルナさんの方ではないか、と。
威嚇?
つまり、ルナさんは……盗賊に少女達の力を見せつけて、追い払おうとしているのでしょう。
おかしい。そう思いました。
ルナさんは、少女達の力を知っています。
この子達の力を使えば、こんな盗賊など、簡単に一掃できることは明らかなのです。
それなのに、こんな連中を生かしておくなど、とんでもない判断ミスでしょう。
私は、少女達に命じました。
「貴方達。その男達を、全員殺しなさい!」
「任せて、お姉ちゃん!」
「はーい」
「分かりました、師匠!」
少女達は、全員が、私の指示に従いました。
その展開に、ルナさんが慌てます。
「待て! やめるんだ、お前達!」
ルナさんが止めても、少女達は、嬉々として盗賊たちに向かって行きました。
馬車の後ろにいた男達は、ミーシャが切り刻み、全員始末します。
前に立ち塞がっていた男達は、レミが魔法を放ち、爆風で体勢を崩してから、ナナが殴り、マリーが撃ち、レベッカが燃やし、ドロシーが消し去りました。
戦いが始まってから終わるまで、ほんの数秒のことです。
相変わらずの、一方的な勝利でした。
「お前は……何ということを!」
ルナさんは、怒りを露にして私を非難しました。
「正当防衛です」
「何が正当防衛だ! 殺す必要のない相手を殺すのは、単なる殺人だ!」
「こういうことは、よくあることでしょう? 警備隊が調べたとしても、罪に問われることはないはずです」
「私が証言すれば、ただでは済まないぞ!?」
「どうぞ、ご自由に。ですが……私を捕らえようとすれば、大変な惨劇を引き起こしますよ?」
「貴様……!」
「ねえさま、ママと喧嘩しちゃ駄目」
マリーが、憤るルナさんの袖を掴みます。
他の少女達は、私を守ろうとするような動きをしました。
「……やはり、お前は悪人だな!」
「誤解です。私は、殺すべき人間を殺しただけです」
「この子達に残虐な行為を命じて、心が痛まないのか!?」
「痛みませんね。あの男達を逃がして、他の旅人が襲われたら、善良な人が死ぬかもしれないんですよ?」
「だからといって、勝手に盗賊を殺す権利など、お前にはない! ましてや、自分が支配している少女達に、人を殺させるなど……許されるものか!」
「権利? 許す? くだらないですね。殺すべき人間を殺すことを、迷う必要などありません」
「何という……傲慢な女だ!」
「安心してください。殺すべき人間と、殺すべきでない人間の区別くらいはできますから」
「そういう問題ではない!」
「法なんて関係ないんです。殺すべき人間を殺さずに後悔するのは、もう嫌なんです。誰に止められても、やめるつもりはありません。あんな連中を殺して、罪に問われる法の方が間違っているんです。正しいか、正しくないかも関係ありません。そのようなことは、考える必要がないのです。貴方だって、あんな連中に、マリーが酷いことをされたら嫌でしょう?」
「貴様……!」
「もしも、私が、殺すべきでない人間を殺したら、貴方が私のことを殺してください。私が死んだら、マリーも死んでしまいますが……それでも、本当に私が間違っていると思うなら、迷わないでください」
「……」
私達は、険悪な雰囲気のまま、旅を再開しました。
ルナさんに反対されても、殺すべき人間は殺す。
そのために、ルナさんに嫌われ、殺されてしまっても構わない。
私は、そう決心しました。
ひょっとしたら、深淵の魔女が、今度はルナさんに、私の能力を移そうとするかもしれません。
仮にそうなっても、私は後悔しないでしょう。
ルナさんは善良な人です。
この人が、心の底から私を殺すべきだと思ったのであれば、それは受け入れる。そう決めました。




