第68話 姉妹の絆
私達は、ミーシャが殺した少年の亡骸を埋葬しました。
私は、目を伏せて手を組み、少年のために祈りを捧げました。
祈り終えて立ち上がった私のことを、少女達は心配そうに見上げてきます。
「……行きましょう」
私は、なるべく心を落ち着けてから、少女達にそう言いました。
皆を連れて歩き出します。
これから……私達は、どこに行けば良いのでしょうか?
この町に留まるのは、あの男を見られていてリスクがありますし、気分だって良くありません。
どこか、似たような条件の場所を探すべきでしょうか……?
いいえ、それ以前に。
私は、このまま生きていても良いのでしょうか?
そんなことを考えて、私のことを慕っている少女達を見ました。
この子達は、私が死ぬと、同時に死んでしまいます。
そのことを考えると、どのようなことをしてでも、私は生きなければなりません。
ですが……私が有しているのは、あの男が考えた、忌まわしい能力なのです。
そんなものが、この世界に、存在しても良いのでしょうか……?
私は、全てを失っても構わないと考えて、望みを叶えました。
いっそのこと、誰にも迷惑をかけないうちに、死んでしまうべきかもしれません。
そのように思い悩みながら、私達は、馬車を停めている場所の近くまで戻ってきました。
「……誰だ!」
突然、レミが叫びました。
同時に、少女達が警戒態勢に入ります。
物陰から姿を現したのは、金髪の女性でした。
その女性を見て、私は思わず叫びました。
「ルナさん……!?」
「……ようやく見つけたぞ! 私の妹を返せ!」
ルナさんは、左手で自分の頭を押さえながら、険しい顔でこちらを睨みました。
「貴方は……ここまで、マリーを追ってきたのですか!?」
驚くべき執念だと言うべきでしょう。
この人は、1回死にかけただけでなく、ブレスレットを失い、あの男の魔法の影響を受けたというのに、私達のことを追ってきたのです!
「……マリー? そうだ、マリーだ!」
ルナさんは、言われて初めて思い出した、といった様子で、自分の妹の名前を叫びました。
名前を呼ばれたマリーは、嫌そうに顔をしかめます。
「……お姉さん、誰?」
呟くように言ったマリーを、ルナさんは、まじまじと見つめました。
「お前が……マリーだろう!? 私には、私と同じ、金色の髪の……妹がいたはずだ!」
そう言いながら、ルナさんは、自分の髪を握りしめました。
まさか、この人は……自分と髪の色が同じである妹がいた、という記憶だけを頼りに、マリーのことを追ってきたのでしょうか……?
この人ほど想いの強い人ならば、思い出の品がなくても、自分の髪を見るだけで、妹を思い出すことができたのかもしれません。
私は、自分の髪を、ルナさんと同じように掴みました。
それから、私を守るために前に出た、ミーシャのことを見ます。
ルナさんの想いには、可能な限り応えてあげたい。
そう思って、私は少女達に言いました。
「貴方達。決して、あの人を攻撃しないで」
「お姉ちゃん、でも……!」
「いいから。この場は私に任せて」
私は、少女達を制して、ルナさんに近付きました。
ルナさんは、私に注意を向けつつも、周囲の様子を窺うようにしています。
「……マリーを拐った、あの男はどこだ?」
「彼は、もう、この世にいません」
「何……?」
「ルナさん。貴方に、その気があるなら……今のマリーの、姉になっていただけますか?」
「当然だ! たとえ魂を食われたとしても、マリーは私の妹だ! 他の誰にも、渡すものか!」
「ならば、私達と一緒に来てください。ここで話していたら目立ちます」
「……いいだろう」
「決して、私のことを攻撃しないでくださいね? マリーやミーシャが貴方を殺すところなんて、見たくありません」
「……」
私達は、ルナさんと一緒に、馬車に乗り込みました。
ドロシーが馬車を出発させてから、私はマリーを手招きします。
「マリー、こちらに来なさい」
「ママ!」
私に構ってもらえて、マリーは嬉しそうです。
そんな私達を見て、ルナさんは困惑の表情を浮かべました。
「……ママ? お前は、その子の……母親として振る舞っているのか?」
「はい」
「……私達の母は、警備隊の中でも、勇猛果敢なことで名を馳せた人なのだが……」
「……申し訳ありません」
「いや……。マリーには、お前のような、貴婦人に育ってほしいと思っていたからな……」
そう言って、ルナさんは、マリーのことを見つめました。
マリーは、私に抱き付いて、楽しそうな様子です。
私は、マリーを刺激しないように、穏やかな口調を心がけながら語りかけました。
「マリー、よく聞いて。この人は、貴方のお姉さんなの」
「……ねえさま?」
マリーは、私が姉だと紹介された時とは、異なる反応をしました。
驚いた様子ですが、疑ったり、嫌がったりする様子はありません。
「そうよ、貴方の『ねえさま』よ」
「……ねえさま!」
マリーは、体当たりするような勢いで、ルナさんに飛び付きました。
ルナさんは、慌てながらも、マリーのことを抱き止めます。
「……マリー、大きくなったな……」
そう言って、ルナさんは涙を流しました。
私も一緒に泣いてしまいます。
マリーの反応が、私の妹になった時と異なるのは、きっと、ルナさんが本当のお姉さんだからでしょう。
マリーをルナさんに返すことができて、本当に良かった。
今まで、散々苦しんだことが、報われた気がしました。




