第67話 復讐の時
明確な変化は、発生しませんでした。
しかし、私はすぐに、何かが起こったことに気付きました。
少女達が、ぼんやりとした様子で佇んでいます。
その様子は、まるで、魂を抜かれたかのようでした。
「お前は……今、何をした!?」
彼は、激しく狼狽えて、少女達を見回しました。
その様子を、私は、冷めた気分で見つめました。
「おい! ナナ、どうした!?」
彼は、そう叫びながら、ナナの両肩を掴みます。
すると、ナナが激しく反応しました。
「……触らないで! 何なのよ、あんた!」
そう叫んで、ナナは彼の手を払い除けました。
「ナナ……!?」
ショックを受けた様子の彼を、汚いものでも見るような目で睨んでから、ナナはこちらに駆けてきます。
「お姉ちゃん!」
とても嬉しそうな顔でそう言って、ナナは私に抱き付いてきました。
今まで、1回もそう呼んでくれなかったナナが……ついに、私の「妹」になったのです。
そのことが無性に嬉しくて、私はナナの頭を撫でました。
「ママ!」
私のことをそう呼びながら、マリーも飛び付いてきました。
とうとう、マリーは私の「娘」になってしまいました。
ですが、この子の姉はルナさんです。
この子に慕ってもらえるなら、私は母親でも構わない。そう思いました。
他の少女達も、私の方に近寄ってきます。
皆が、私のことを、尊敬の眼差しで見つめていました。
私は、先ほどまで、私の主人だった男を見ました。
彼は、何が起こったのか分からない様子で、激しく狼狽えています。
そんな彼を見ながら、私は、私達の現状を確認しました。
私の魔力の残量は、それほど多くないようです。
少女達の魔力も、大分減っているようでした。
こんな状態で、大量の魔力を消費して、新たな子供を手に入れようとするなど……信じられない神経です。
無駄遣いはできません。
ですが、今は……やるべきことを、やらなければなりません。
そのためには、少しでも魔力を補っておくべきでしょう。
「ねえ、ナナ。あの人のことを、どう思う?」
私は、彼を指差しながら言いました。
「……気持ち悪いおじさん」
ナナは、嫌悪感を露わにしながら、そう言いました。
「ナナ!?」
彼は、この世の終わりでも見たかのような顔をしました。
これで、大好きな妹に嫌われた時の私の気持ちが、お前にも分かっただろう?
私は、思わず笑ってしまいました。
「あの人の妹になりたいと思う?」
「絶対に嫌!」
「そう。でも、彼は、貴方のことが好きみたいよ?」
「……冗談じゃないわ。吐き気がするわよ」
「あの人、貴方の頭を撫でたいと思っているみたいだけど?」
「そんなことをされるなら、死んだ方がマシだわ」
「やめろ……やめてくれ!」
彼は、ついに逃げ出しました。
「セーラ! 逃がしては駄目!」
私が叫ぶと、セーラが障壁を展開して、彼の行く手を阻みました。
続けて、私は「娘」に命じました。
「マリー! あの男の右脚を撃って!」
「任せて、ママ!」
「よせ! やめるんだ、マリー!」
彼は、両手を広げて、必死の形相でマリーを制止しました。
しかし、マリーは、楽しそうに魔法を放ちます。
魔法は正確に彼の右脚を撃ち抜き、彼は絶叫して転げ回りました。
彼の苦しみを、私が吸収しているのを感じます。
ひょっとしたら、脚を撃つと、身動きが制限されていると解釈されるのではないかと思ったのですが……そんなことはないようです。
そして、私の魔力の源が、周囲の人間の苦しみであることに、彼はまだ気付いていないようでした。
そのようなことを考える余裕など、全くないのでしょう。
こんな男でも、最期に役に立ってくれるなら、有効に活用するべきです。
そして、この男に散々弄ばれた少女達には、その報復をする権利があります。
「ミーシャ」
「はい、御主人様」
「……!」
私は、一瞬、息が止まりそうになりました。
ミーシャは、私の妹ではなく、「奴隷」になってしまったのです!
「ミーシャ……私のことは、お姉ちゃんか、せめて、お姉様と呼んでくれないかしら?」
「いけません、御主人様。私は、御主人様の妹様ではありません」
「……そう。そうなの……」
私は、激しい怒りを覚えました。
その感情に任せて、ミーシャに命じます。
「ミーシャ。あの男の両手の指を、1本ずつ切り落として!」
「かしこまりました」
ミーシャは、淡々と応じました。
そして、私の命令を実行します。
彼は、指を1本失うたびに絶叫しました。
それによって、私の魔力が補われます。
彼が全ての指を失っても、その苦痛は、私の魔力に変換されました。
無様に泣きわめく彼を眺めながら、私は、楽しくなってきてしまいました。
極悪人を苦しめることは、とてつもなく、気持ちの良いことだったのです。
私は、目の前の人でなしを、もっと苦しめてやろうと思いました。
「レベッカ、あの男の左脚を燃やして。全身を燃やさないように、充分に注意してね?」
「……は、はい!」
レベッカは、私の命令を実行しました。
若干、燃え方が大人しいように感じましたが、燃やしすぎるよりはいいでしょう。
「レベッカ。ついでだから、その男の両手を凍らせて」
「はい!」
レベッカは、命令を実行しました。
すると、彼からの、苦しみの流入が止まります。
死んでしまったり、気を失ったりしたわけではありません。
どうやら、凍らせることも、身体を拘束する行為と見なされるようです。
それだけ分かれば、充分でしょう。
もはや、この男は用済みです。
私は、念のために、先ほどまで彼の「妹」だったナナに尋ねました。
「ねえ、ナナ。あの男を助けたいと思う?」
「えっ、絶対に嫌。早く殺しちゃおうよ?」
「そうね、そうよね」
私は、ナナの頭を撫でました。
この子達に、哀れみの心を与えなかったのは、目の前の男です。
もしも、「妹」が彼に同情していたら、命だけは助けようと思ったのですが……これは、当然の報いだと言うべきでしょう。
「お姉ちゃん、あいつを殺したいんでしょ? 私が殺そうか?」
ナナはそう言いましたが、私は首を振りました。
この子は、彼のお気に入りの「妹」でした。
もしも、ナナに殺されることを本望だと思われたら、気分が悪いです。
それに、まだ報復を終えていない子がいます。
私は「弟子」に命じました。
「レミ、あの男を殺して」
「はい、師匠!」
レミは、彼に光球を放ちました。
それが炸裂し、男は動かなくなりました。
「ドロシー、そのゴミを始末して」
「分かりました、先生」
ドロシーは、黒い霧を生み出して、彼の残骸を消し去りました。
全ての痕跡が消え去って、私は、急に虚しい気分になりました。
これで、何もかもが終わったのです。
「カイザード……仇は討ったよ……」
そう呟いた私の目から、自然と涙が流れ落ちました。




