第65話 彼の妻
「ここから馬車で5日程度の場所に、少し大きな町がある。俺達は、そこで旅を中断して、数ヶ月は過ごすことになるだろう。お前達も、そのつもりでいろ」
翌朝、彼は、私達にそう告げました。
「御主人様。その町のことは、どなたに教えていただいたのですか?」
「宿の主人だ。……何だ? 俺のことを疑っているのか?」
「滅相もございません」
当然でしょう、という答えは飲み込んで、私は無難な答えを返しました。
この男は、次の目的地として、マニがいる場所を目指すかもしれません。
ですが、今は、旅を中断する提案が採用されただけでも充分でした。
彼の魔力が、あと1回、新たな魂を生み出すだけで尽きるとは思えません。
魔女の考えなど、人間である私には分かりませんが、普通なら、若干の猶予があるタイミングで現れるでしょう。
それに、限界の状態であれば、魔女は私を追い詰めるために、そのことを告げたはずです。
とにかく、旅を中断することさえできれば、彼の魔力を回復させることができます。
この男だって、最低限の計算高さを見込まれて力を与えられたのですから、旅を再開するのは、魔力がそれなりに回復してからでしょう。
それまでに、旅をするよりも、楽しい生活があると思わせられれば良いのですが……。
私達は、大きな街道を進みました。
その間、私は、彼にとって都合の良い女を演じ続けました。
そうしながら、彼や少女達の様子を、慎重に観察します。
彼は、私を思いどおりにすることができて、喜んでいるようでした。
頻繁に私の髪や肩を撫で、夜になれば抱き寄せてきます。
私は、彼に逆らいませんでした。
屋外で全裸になって男に抱かれるなど、耐え難いことでしたが、拒否して彼を怒らせるわけにはいきません。
感情は全て封印して、男の欲望を満たすことを最優先にしました。
少女達は、今までどおりの様子です。
深淵の魔女が現れたことによって、何かが変化したようには感じられません。
何らかの影響で、少女達が私のことを警戒したり、敵意を抱いたりしていないことに安堵しました。
よく考えてみれば、深淵の魔女の話には、何の証拠もありません。
特に、彼がマニを剥がしたり取り憑かせたりする能力を持っていて、その能力でミーシャとナナを殺したというのは、私の怒りを掻き立てるための嘘であるように思えます。
仮に、彼がそのような能力を有していなければ、少女達の死について、彼には責任がありません。
そのように考えて、私は自分を納得させました。
予定どおり、5日かけて、私達は目的地である町へと辿り着きました。
上品な町づくりで、保養地のような印象を受けます。
この町であれば、少女達が暮らすのに適しているかもしれません。
「素敵な町ですね」
「そうだな」
彼も満足そうでした。
そのことに、私は安心します。
町のことが気に入らず、別の町を探そうなどと言い出されたら、厄介なことになるからです。
「ここなら、御主人様の子供を産んで育てるのにも、適しているかもしれません」
「……そうか」
彼は、私の言葉に、面食らったような顔をしました。
まさかと思いますが……この男は、そういうことを、全く考えていなかったのでしょうか……?
「……お前達は、もう少し、この町を見て回るといい。俺は少し用がある」
彼はそう言いました。
やはり、この町には、マニに取り憑かれた子供がいるのでしょう。
ならば、彼を1人にすることはできません。
彼が、本当にマニを剥がしたり取り憑かせたりすることができるなら、その素振りを観察する必要があるからです。
私は、彼の腕に抱き付くようにして言いました。
「私も、ご一緒させてください」
「いや、しかし……」
「ご安心ください。御主人様のなさることを、邪魔したりはしませんから」
「……何を企んでいる?」
彼は、私に対する警戒心を露わにしました。
さすがに、態度を急に変えすぎたかもしれません。
「私は、貴方の妻として、貴方を支えていく覚悟ができました。マニの犠牲となった子供を、御主人様の力で生かし続けることができるなら、ずっと応援していきたいと思っております」
「……そうか」
彼は、こちらのことをじっと見てから頷きました。
そして、私だけでなく、少女達を連れて歩き出します。
私達は、町の外れの、森の中へと入って行きました。




