第60話 魔女の誤算
「……!」
私は、あの男が魔女から受け取った力の、真の恐ろしさを悟りました。
自分の周囲の人間を苦しめ続けなければ、死んでしまう……なんと恐ろしいことでしょう!
話していることの凶悪さとは裏腹に、魔女は淡々と話しました。
「私は、条件を満たす者の中でも、人生が行き詰まっていると考えられる者に話を持ちかける。私に選ばれた者は、警戒する場合がほとんどだが、人生の逆転を狙って力を受け取る。すると、その人物の目の前には、砂時計が見えるようになるはずだ」
「……砂時計?」
「その幻影の砂時計が、終わりを告げた時……私から力を受け取った者は、何の能力も得られなかったことを悟るだろう。デメリットだけを抱えながら、な」
「そのようなことを……!?」
それは、つまり……魔力を補給する手段を保有しないまま、魔力が尽きたら死ぬ運命を背負うということです。
そのようなことになったら、その人物は、毎日、死の恐怖に怯えながら暮らすことになるでしょう。
「自らが陥った状況を悟った者は、様々な能力を、頭の中で思い浮かべるはずだ。だが、実質的に、選択肢から外すしかない能力を考えてしまう場合も多い。魔法で精神に干渉されている者や、物理的に身動きを制限されている者の苦しみは、魔力に変換することができないようになっているからな。焦った結果、無差別に人を殺すような能力を選ぶ者も少なくない」
「酷い……」
「……まさか、同情しているのか? 自業自得というものだろう?」
「その能力で苦しめられる人々のことも、考えてください!」
「知ったことではない」
「……」
魔女の力を受け取った者達が、他人を苦しめることに対して、良心の呵責など感じていなかったことは間違いないでしょう。
あの男も、魔女に選ばれた者の1人ですが、私や少女達を苦しめる際に、心から楽しんでいることは明らかです。
ですが、その能力で苦しめられるのは、何も悪いことをしていない善良な人々なのです。
この魔女が、神に類する存在だったとしても、間違いなく邪神だと思いました。
「それで、貴方は……あの男に、マニを利用した抜け道を見付けられて逆恨みをした……というわけですか?」
「逆恨みとは、心外な表現だが……まあ、間違ってはいない」
「……あの男が、貴方を出し抜く方法を考えたことについては、とても共感できます」
「そうだろうな。お前が同じ立場だったら、同じことをするだろう。お前は、そういう人間だ。だからこそ、私の力を受け取るのに相応しい」
「……何ですって?」
「心外な評価だと感じるか?」
「貴方は、私が……あの男の同類だと仰るのですか!? 貴方の力を受け取るのに相応しい……邪悪な人間だとでも!?」
「同類? 邪悪? くだらないな。そんなことは、私が判断すべきことではない」
魔女は、このことについて、議論をする気がなさそうでした。
しかし、私の気持ちは収まりませんでした。
「私は、誰かを苦しめたいなどとは思いません!」
「そうだろうな」
「私が、彼と同じように、誰かを苦しめなければ死んでしまうことになったら……潔く死を選びます!」
「立派な心がけだ、と言うべきなのだろうな」
「馬鹿にしないでください!」
「お前の主義主張など、今は何の関係もない。お前は、あの男の能力を受け取る気があるのか?」
「受け取れば、私も……誰かを苦しめなければ死ぬ身体になってしまうのでしょう?」
「当然だ」
「お断りします!」
「そうか、残念だ」
そう言った魔女からは、何故か、余裕のようなものを感じました。
私は、苛立ちを抑えられなくなりました。
「お話は、これで終わりですよね? でしたら、失礼させていただきます」
「待て。まだ、話は終わっていない」
「これ以上、話すことなどありません!」
「あの男は、お前に対して、いくつかの能力を隠している。気にならないか?」
「誰かに弄ばれるのは、もうたくさんです!」
「私から能力を受け取って、あの男は……最初に、全世界のマニを、自分の近くに呼び寄せた」
「……!?」
「私の話を、もっと聞きたくなっただろう?」
そう言って、魔女は邪悪な笑みを浮かべました。




