第6話 馬車の荷台
「御主人様。図々しいとは思うのですが……もう1つだけ、お願いしたいことがございます」
私がそう言うと、彼は、とても不快そうな顔をしました。
「これ以上の我儘は許さない。お前は、俺のコレクションだ」
「ですが……私がミーシャの身体に触れることや、ミーシャの姉として振る舞うことだけは、お許しいただきたいのです」
「何だ、そんなことか。俺は構わない。好きにすればいいだろう」
「ありがとうございます!」
「ただし……ミーシャが、お前を姉と認めるかは分からないぞ? 今のミーシャは、お前の妹とは、全くの別人だからな」
「構いません」
私は、立ち上がってミーシャに歩み寄りました。
ミーシャは、私に向かって嫌悪の籠もった目を向けます。
私は傷付きましたが、この程度のことは想定内でした。
「ミーシャ、私は貴方の姉、スピーシャです。改めて、今日からよろしくお願いします」
「……御主人様。私は、この女が嫌いです」
「!」
その少女はミーシャの姿で、そしてミーシャの声で。
私を、強く拒絶しました。
幼い頃に母が亡くなり、数ヶ月前には父が亡くなり……唯一の肉親となった私の妹は、私を嫌悪する少女へと変貌してしまったのです。
私は、耐えきれなくなって、子供のように泣きじゃくりました。
「……お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」
私は、可能な限り気分を落ち着けてから、彼に謝罪しました。
「いや、俺は楽しませてもらった。気丈に振る舞っているが、妹のことになると脆いな、お前は」
彼は、楽しそうにケラケラと笑いました。
この男は……本当に、悪い人です。
女が、心の底から悲しくて、本気で泣いていたというのに……それを見て楽しむなんて、とんでもない神経の持ち主ではないでしょうか?
しかし、救われる気持ちになったこともありました。
それは、少女達が、私を気遣う様子を見せたことです。
別人になったミーシャも同様であったことが、私にとっては何よりも嬉しいことでした。
「気が済んだのなら、今すぐに旅の支度をしろ。誰かに見咎められたら処分するぞ?」
彼は言いました。
私が立ち直る兆しを見せたことが、気に食わなかったのでしょう。
嫌な気分になりましたが、彼がまだ私を連れて行くつもりであるうちに、旅立ってしまった方が良いことは確かです。
「行きましょう、ミーシャ」
私は、妹に手を差し出しました。
しかし、ミーシャは、私のことを睨んだだけで、手を取ってはくれませんでした。
やはり、彼女は私の妹ではありません。
ですが、この少女は先ほど、私のことを心配そうに見ていました。
この子だって、本当は、優しい女の子なのだと思います。
たとえ、どれ程の時間がかかったとしても、私はきっと妹を取り戻してみせる。
その決意を新たにしました。
私は、彼と少女達が乗ってきた、大きな馬車に乗りました。
この馬車は、本来であれば、大量の商品を運ぶことを目的とした物であるはずです。
しかし、積み荷は、あまり多いように見えません。
彼は、この馬車を、少女のコレクションを増やすために用意したのでしょう。
荷台に乗り込んでから、そのことに気付いた時……私は、酷くおぞましい世界へと連れ込まれたのだと実感しました。
1人の男のコレクションにされ、物のように扱われる。
そんな自分の境遇を改めて認識し、身体が震えます。
私は、それを必死に抑えようとしました。
「どうした、怖くなったか?」
彼は、私のことを馬鹿にしたように笑いました。
私の努力は、徒労に終わったようです。
「……怖いです。ですが、ミーシャと一緒にいられるのであれば、大丈夫です」
「めでたい女だ」
彼は、呆れた様子で言いました。
どんなに馬鹿にされても構いません。
私の、ミーシャを取り戻すという決意は、全く揺らぐことはないでしょう。