第54話 彼の笑み
私達は、今までと同じように旅を続けました。
彼は、あれ以来、私に何かをしようとはしません。
最初のうちは、少女達が離反したことによって、言動が委縮しているのかと思いました。
しかしながら、彼からは、恐れも怒りも、焦りすら感じられません。
むしろ、余裕すら漂っているように思えます。
ただ、彼は、少女達の頭や肩を、頻繁に撫でるようになりました。
その流れで、彼の行動がエスカレートするのではないか……そう思って警戒しましたが、彼は、それ以上のことをしませんでした
そのことが、かえって、とても不気味に思えました。
私と少女達の関係は、以前よりも親密になったような気がします。
ナナも含めて、私のことを、実の姉のように慕ってくれるようになりました。
ただ、本物の姉妹でないためか、少しだけ残った違和感は、どうしても拭えません。
その違和感の原因は何なのか、具体的には言えないのですが……。
ルナさん達と会ってから数日後、私達は、大きな街に辿り着きました。
人が多く、とても賑わっています。
「お前達には、この街で服やアクセサリーを買ってやろう」
唐突に彼がそう言ったので、私は驚いてしまいました。
以前は、とても嫌がっていたのに……一体、どのような心境の変化があったのでしょう?
「ご主人様、お金は大丈夫なのですか?」
「あまり贅沢をさせることはできないが……多少の出費なら問題ない」
「……ちなみに、ご主人様は、私達の旅の費用を、どのように工面しているのですか?」
「それは聞かない方がいいだろう」
「……違法な手段を、用いているのですか?」
「気にするな」
「……」
どのような手段で稼いでいるのかは分かりませんが、ろくでもない方法に違いありません。
せめて、妹達にだけは、汚いことをさせないでほしいと思いました。
「買い物の前に宿を取る。なるべく安い宿を探すぞ」
彼は、そう宣言して歩き出します。
住んでいた町を出てから、初めて宿に泊まる……。
つまり、久し振りにベッドで寝ることができるのです。
そのことが分かっても、私はあまり嬉しくありませんでした。
どうして、こんなに気前よくなったのでしょう?
何か、良くないことを企んでいるのではないでしょうか?
街の人に尋ねて、1軒の宿に辿り着きました。
彼は、宿の主人に、空いている部屋について尋ねます。
そして、2人部屋を1つ取り、4人部屋を2つ取りました。
「ドロシー、この金で、お前達の衣服とアクセサリーを調達しろ」
彼は、そう言って、ドロシーに小さな袋を渡しました。
「分かりました」
「俺は、スピーシャと大切な話がある。スピーシャの分は、お前が選べ」
「はい」
勝手に決められてしまい、私は焦りました。
「お待ちください! 私は……ここに残るのですか?」
「そうだ」
「この子達だけを買い物に行かせるのは不安があります。私も、一緒に行きたいのですが……?」
「駄目だ。大切な話があると言っただろう?」
「スビーシャさん。今回は、私に任せてください」
ドロシーは、笑顔で私にそう言いました。
「でも……」
正直に言えば、彼と2人だけで宿に残るなんて、冗談ではありません。
私は、何か、少女達と一緒に行く口実がないか、と考えました。
「ねえさま、来ないの?」
マリーが、少し寂しそうに言います。
やはり、この子達は、私の味方になってくれたのでしょう。
「やっぱり、私も行くわ」
私がそう言うと、マリーは嬉しそうな顔をしましたが、ドロシーは困った顔をしました。
「駄目だと言っているだろう?」
彼は、私の腕を掴みました。
思わず振り払おうとしましたが、強く掴まれていたので、できませんでした。
「スビーシャさんに迷惑をかけてはいけませんから、私達は行きます」
そう言って、ドロシー達は宿の外に向かいました。
「待って!」
私は叫びましたが、少女達は止まりませんでした。
この前は、彼に逆らって、私を助けてくれたのに……私が明確な危機に陥っていないから、反応が異なるのでしょうか……?
少女達がいなくなって、彼は私を見てから、不気味な笑みを浮かべて言いました。
「俺の部屋に来い」




