第53話 自我の崩壊
「あ、あの……! その人のブレスレットを、奪い取ったらどうでしょうか?」
唐突に、レベッカが、そんなことを提案しました。
「……何のために?」
「だって、そのブレスレットがあるから、その人は私達のことを覚えていられるんですよね?」
「レベッカ、それは……」
レベッカの提案は、勘違いによるものでした。
確かに、ルナさんは、ブレスレットがなくなれば、マリーのことを忘れてしまうでしょう。
ですが、カイザードや他の仲間を殺した、仇と呼ぶべき少女達のことは忘れないはずです。
ブレスレットを奪うことは、むしろ、ルナさんから、マリーに関する躊躇を失わせることにつながるでしょう。
それでは、私達にとってリスクを高めるだけです。
「なるほど、それはいい」
「……?」
驚いたことに、彼はレベッカの提案に賛成しました。
そして、ルナさんの左手首を指差します。
「ナナ、そのブレスレットを外せ」
「分かった!」
ナナは、ルナさんのブレスレットを乱暴に引きちぎりました。
これで、ルナさんは……大切な妹のことを忘れてしまうのでしょう。
それを考えると、涙が出てきました。
「……ナナ、それを私に貸して」
「いいけど……」
私は、マリーが作ったブレスレットを預かりました。
これは、捨ててしまうわけにはいかない物です。
「マリー、これを大切に持っておきなさい」
私は、ブレスレットを、マリーに渡しました。
「はーい!」
マリーは、素直にそれを受け取ってくれました。
たとえ覚えていなくても、それは、マリーとルナさんの絆を象徴する物です。
マリーには、一生大事にしてほしいと思いました。
「ドロシー、転がっているゴミを片付けろ」
「はい、先生」
ドロシーは、彼の命令に従って、カイザードの仲間の遺体を消し去ります。
誰にも弔われないまま消えていった彼らのことが哀れで、私は再び涙を流しました。
「行くぞ、お前達。その女が目を覚ます前に、なるべく離れるんだ」
「お待ちください! 魔法で回復させたとはいえ、ここにルナさんを放置するのは……!」
「……お前は、本当に馬鹿なのか? 俺達の前で、その女が目を覚ましたら、どうなると思っているんだ?」
「……」
頭では分かっていることでした。
目を覚ました時に、目の前に私達がいたら、ルナさんは暴れるでしょう。
そのような事態を避けるためには、ルナさんのことはこのままにして、一刻も早く立ち去るべきなのです。
「ですが……いずれにしても、ルナさんから私達の記憶は消えず、私達を追ってくるはずですよね?」
「いいや、その女の場合、そうならない可能性の方が高いはずだ」
「……何故ですか?」
「その女が、マリーに固執しているからだ。そういう人間が、執着している対象についての記憶を失うと、他の記憶も維持できなくなる」
「まさか……それで、自我が崩壊するのですか!?」
私は、以前彼に教えてもらい損ねた話を思い出しました。
彼は、私の言葉を聞いてニヤリと笑います。
「あの時の話を覚えていたか。そのとおりだ。お前が、俺の能力によってミーシャの記憶を失えば、記憶の核となる部分が失なわれて、お前は全てを忘れただろう。だが、まあ、その女の場合……警備隊員としての記憶もあるから、そこまで崩壊することはないだろうが……」
「いけません! そんなことになったら……ルナさんは……!」
「だったら、今度こそ、その女を殺すぞ? いいのか?」
「……」
「せっかく、レベッカが、その女を生かしたまま解決する方法を思い付いたんだ。無駄にすることはないだろう?」
「……」
結局、私達はルナさんを放置して立ち去りました。
彼女は警備隊で鍛えているでしょうから、体力は乏しくないはずです。
自力で誰かに助けを求められる程度にまで、回復してくれれば良いのですが……。




