第52話 ナナの協力
ふと気付くと、いつの間にかナナが傍に寄ってきています。
しかし、それに気付いても、私は魔法を中断しませんでした。
今のルナさんの状態では、回復魔法を中断することは死に直結するからです。
ナナは……この状況で、彼の命令に従い、私の腕や脚を折るつもりでしょうか?
そのことを警戒しているのでしょう。他の少女達が、ナナの動きに注目していることが伝わってきます。
しかし、ナナは私に触れませんでした。
私の反対側に回って、ルナさんに手をかざします。
「駄目!」
危険を感じて叫びましたが、ナナがルナさんに何らかの魔法をかけると、止まっていたルナさんの呼吸が回復しました。
私が驚いてナナを見ると、彼女は顔を背けました。
「……助けたいんでしょ、この人?」
「ありがとう、ナナ……!」
私の目から、涙が流れ落ちました。
ナナが回復魔法を使えるなんて、知りませんでした。
それにしても、まさかこの子が、私のために誰かを助けようとするなんて……。
それからすぐに、ルナさんは血を吐き出しました。
これは、喉に詰まりかけていたものでしょう。
しばらくすると、ルナさんの状態は落ち着きました。
呼吸が安定していますし、顔に触れると、温もりを感じます。
私は、ホッとして息を吐きました。
それに合わせて、少女達からも安堵の声が漏れました。
「ありがとう、ナナ。貴方のおかげよ」
「別に、貴方のためにやったわけじゃないわ……」
そんなことを言ったナナを、私は抱きしめました。
ナナはびっくりした様子でしたが、逃げようとはしませんでした。
ルナさんが助かったのは、奇跡だと思います。
マリーの攻撃魔法は、ルナさんに当たりませんでした。
ミーシャが振るったナイフは、ルナさんを即死させませんでした。
そして、私にとって最も距離のある存在だったナナが、頼んでもいないのに、私に協力してくれました。
旅に出てから、ずっと苦しめられて。
良いことなど、ほとんどなくて。
何度も死にたいと思いましたが、今、ようやく報われた気持ちになりました。
「……それで? お前達は、その女を助けて、どうするつもりだ?」
沈黙を守っていた彼が、こちらを馬鹿にするような口調で言いました。
先ほどの狼狽えた様子と違って、落ち着きを取り戻しています。
「それは……とにかく、どこかで休ませないと……」
私がそう言うと、彼はため息を吐きました。
「そうではない。その女は、警備隊の人間なのだろう? ならば、生かしておくと厄介なことになるぞ?」
「……」
私は、彼の言葉を否定できず、黙り込んでしまいました。
ルナさんが生き延びれば、ミーシャ達がカイザードとその仲間を殺したという事実を暴露されてしまうでしょう。
そうなれば、私達は全員処刑されてしまいます。
少女達の力は強大ですが、あまり連戦することができないという最大の弱点を抱えています。
警備隊を相手にして、戦い続けることは不可能でしょう。
「ですが……ルナさんだって、マリーが処刑される事態は避けたいはずです!」
「そうだろうな。だが、その女が、マリーを助けるために、全てを黙っていると思うか?」
「……いいえ」
ルナさんは、この国の治安を守る警備隊の人間です。
自分の手でマリーを殺せなかったとしても、カイザード達を殺した少女達を、野放しにするとは思えません。
間違いなく、警備隊に報告するでしょう。
仮に、全ての痕跡をドロシーの魔法で消し去っても、何人もの隊員がいなくなれば、警備隊の幹部だってルナさんの言葉を信じるはずです。
「その女は、この場で殺してしまう以外にない。そんなことは、お前にだって分かるはずだ」
「……」
「せっかく助けたというのに、残念だったな」
「駄目です! この人は……殺させません!」
「だったら、どうやってこの女を黙らせる?」
彼は、ニヤニヤと笑っています。
私には、解決策などないことが分かっているのでしょう。
私は唇を噛みました。




