第50話 初めての感情
ミーシャが、1人の喉をナイフで切り裂きます。
ナナが、1人の剣を素手で叩き折り、その持ち主の頭を拳で砕きます。
レベッカが放った赤い光を浴びた男が火だるまになり、青い光を浴びた男が氷漬けになります。
逃げようとした1人の前にセーラが障壁を展開し、レミが放った光球が炸裂して、身体がひしゃげます。
ほんの僅かな時間で、カイザードとルナさんの仲間は、全員が死に絶えました。
「……そんな!?」
カイザードが驚愕の声を上げました。
私の話を聞いていても、少女達の能力を見せられたら、想定を遥かに上回っていたのでしょう。
「マリー、やめて!」
私は、ルナさんを庇って手を広げました。
ルナさんを狙っていたマリーは、困った様子で眉を寄せます。
「ねえさま、どいて」
「嫌よ! 貴方がルナさんを……妹が姉を殺すなんて、あってはならないのよ!」
「……」
私が必死であることが伝わった様子で、マリーは魔法を撃ちません。
困った様子で「父親」のことを見上げています。
「チッ、馬鹿女め。ミーシャ、やれ!」
「やめて! 駄目!」
「やめるんだ、ミーシャ! 僕だよ、カイザードだ! 忘れたのかい!?」
カイザードが、ミーシャの前に立ちはだかります。
しかし、ミーシャは、カイザードのことを一瞬で切り刻みました。
その光景は、まるで、時間がほとんど流れなくなったかのようでした。
ミーシャに対して、実の妹であるかのように接していたカイザードを。
ミーシャは、躊躇なく殺したのです。
そのことを認識して、私は絶叫していました。
「貴様……!」
ルナさんは、剣を抜いてミーシャに斬りかかります。
しかし、マリーが放った魔法が、ルナさんの目の前を横切りました。
その魔法を回避するために、ルナさんの身体が反り返ります。
動きが止まったルナさんの喉を、ミーシャが切り裂きました。
血を流しながら、ルナさんが倒れます。
全てが、ほんの僅かな時間で起こったことでした。
「お姉様、お怪我はございませんか?」
ミーシャが、ホッとした様子で言いました。
「ねえさま! 良かった!」
マリーが、嬉しそうに、私に飛び付いてきます。
その時、私の中に、今まで抱いたことのなかった感情が湧いてきました。
それは、少女達に対する憎しみでした。
カイザードは、ミーシャのことを忘れていなかったのに……。
本当の妹のように、大切にしていたのに……。
そんな人を殺して、どうして平然としていられる?
ルナさんは、マリーのことを、本当にかけがえのない妹だと思っていたのに……。
マリーが手作りした物を、常に身に着けているほど、愛していたのに……。
そんな人を目の前で殺されて、どうして平気なんだ?
「どいて!」
私は、マリーを突き飛ばし、ミーシャを押し退けて、カイザードに駆け寄りました。
そして、回復魔法をかけます。
しかし、カイザードは、既に息絶えていました。
こうなってしまっては、回復魔法は効果がありません。
それでも、私は魔法を使い続けました。
「この……馬鹿女が!」
私の主人である男が、私の髪を乱暴に引っ張りました。
「離して! この人殺し!」
私が罵ると、彼は私の頬を平手で叩きました。
「こんなくだらない男の所に行きやがって! このあばずれが!」
「カイザードは、人々を助けるために必死に尽くしたわ! 貴方みたいな人でなしが、この人のことを悪く言わないで!」
「何だと!?」
「貴方は……人間のクズよ!」
私が叫ぶと、彼は再び私の頬を叩きました。
そして、怒りに任せたように叫びます。
「ドロシー、そこに転がっているゴミを片付けろ!」
「はい、先生」
「ドロシー、やめて!」
私が叫んでも、ドロシーは命令を実行しました。
黒い霧がカイザードの遺体を包み込み、それが消えると、そこにカイザードがいた痕跡は全て消えていました。




