第47話 私の許婚
私はカイザードに抱き付きました。
泣きじゃくる私のことを、カイザードが優しく抱き返してくれます。
父が亡くなった後で、最も安心することができた瞬間でした。
「もう大丈夫だよ、スピーシャ。もう何も心配しなくていいんだ。……ごめんね、君のお父さんが亡くなったという知らせが来た時に、すぐに迎えに行きたかったんだけど……警備隊の任務で遠方に行っていたんだ」
カイザードは、昔と変わらない、優しい声で言ってくれました。
私は、何度も首を振ります。
カイザードが、人々を守りたいという志を持って警備隊に入ったことは、誰よりも理解しているつもりです。
「君とミーシャが突然いなくなったと聞いて、本当に心配したんだ。財産を寄付するという書き置きのことや、聖堂に穴が空いていたことを聞いて、何か良くないことが起こったんじゃないかと思って……でも、それだけでは警備隊は動かせないからね。仲間に手伝ってもらいながら、君達のことを、ずっと探していたんだよ」
「カイザード……嬉しいわ、こんなに嬉しいことはないわよ……」
「君のことは、僕達が保護する。君の証言さえあれば、警備隊に正式に動いてもらうことが可能になるはずだ。時間はかかると思うけど……ミーシャのことも、僕が必ず助けるからね?」
彼が優しい口調でそう言ったので、私は慌てました。
「待って! 今のミーシャは、もう貴方が知っているミーシャじゃないのよ!?」
「分かっているさ。君達を酷い目に遭わせた男が、どんな方法であの子を操っていても、きっと解放してみせるよ。警備隊のツテを使えば、そういうことに詳しい専門家の力を借りることができるから、安心してくれて構わないんだよ?」
「無理よ! 貴方が知っているミーシャは……もう死んでしまったの!」
「……そんなはずがないだろう? 君と一緒にいたミーシャには、死霊を操る魔法がかけられているわけではない、ということは解析済みさ」
「その女は、あの男に騙されたんだろう。口の上手い奴はいるものだ」
私をこの場に連れて来た、ルナさんがそう言います。
「本当なのよ! ミーシャは……マニに食べられてしまったの!」
「マニに……?」
「そうよ! そして……今のミーシャの身体には、あの男が作った人格が入れられているの!」
「……いくら君の言葉でも、とても信じられないな。新たな魂を創るなんて、神でなければ不可能なことじゃないか」
「それは……深淵の魔女の力で……!」
「……君は一体、何の話をしているんだい?」
「深淵の……魔女だと!?」
カイザードが困惑していると、ルナさんが叫びました。
「ルナさんは……深淵の魔女のことをご存知なんですね?」
「そんな馬鹿な! あれは……子供に聞かせるための、お伽噺ではないのか!?」
「……私も、深淵の魔女に会ったことはありません。ですが、マニに魂を食べられてしまった女の子に、あの男が、新たな人格を与えたことは確かです。もう、2回も見ていますし……そうでなければ、あの子達の強さの説明がつきません」
「それでは……マリーはどうなんだ!? まさか、あの子も……!」
「マリー……? 貴方は、マリーの……」
そこまで言ってから、私は気付きました。
この人は、きっと……マリーのお姉さんです。
あの子と顔立ちが似ていますし、ルナさんの表情からは、激しい動揺が伝わってきます。
彼女の顔を見ていると、ミーシャが死んだ時の、私の顔を見せられているような気分になりました。
「あの子は……どうなんだ!?」
「……ミーシャと同じです。あの子は、あの男のことを、本物の父親だと思い込んでいる様子でしたから……」
「そんな……マリーが……死んだ……?」
ルナさんは、放心した様子で、その場に崩れ落ちました。
その顔は、この世の終わりを見せられたかのような、絶望に満たされています。
私は、そっと彼女に寄り添いました。




