第39話 私達の執着心
私達は、馬車に乗り込みました。
ドロシーが御者台に座り、馬車を出発させます。
「レベッカ、お前のことは、これから俺が、一生可愛がってやる」
「あ、ありがとうございます……」
「そうだ、感謝しろ。今までの生活よりも、ずっといい暮らしができるんだからな」
そう言いながら、彼はレベッカの頭を撫でました。
他の少女達は、レベッカのことを、羨ましそうに見ています。
私は、ずっと自分の身体を抱いていました。
いまだに、震えが止まりません。当分は、この状態のままでしょう。
どうして、彼や少女達が平然としていられるのか、全く理解できませんでした。
「どうした、スピーシャ。まだ寒いのか?」
彼が、呆れたように言いました。
「御主人様は……恐ろしくないのですか!? 私達は……人を殺したんですよ!?」
「何だ、そんなことか。人を殺すなんて、珍しいことでもない。あいつらが火だるまになったのは、なかなか愉快だったがな」
「あの男達の怨念が、これから私達を苛みます! きっと、恐ろしい呪いが……!」
「馬鹿かお前は? 俺達は、何度も人を殺したが、呪われたことなどないぞ? その証拠に、ミーシャの方が、今回よりも多くの人間を殺したはずだ。もう忘れたのか?」
「……」
ミーシャの時は、こちらに対して害意のある男達を殺しました。
ですが今回は、気を失っていた、殺す必要のない男達を、わざわざ殺したのです。
単純に、数で比較するようなことではないでしょう。
しかしながら、この件については、どれだけ言っても無駄であるようでした。
「レベッカのご両親は……その子が突然いなくなって、嘆き悲しむでしょうね……」
「そんなことはあり得ない」
「どうしてそう言い切れるのですか!?」
「俺が魂を与えた女のことは、皆が忘れていくからだ」
「えっ……!?」
「レベッカの知り合いは、目を覚ましても、レベッカがいないことについて騒がないはずだ。ただ、ぼんやりと、誰かがいないような気がする、というだけでな。そのうち、要らなくなった物を処分するなどして、自然とレベッカはいなかったことになる」
「そんな……!」
何という恐ろしい話でしょう……!
存在していた人間が、いなかったことになってしまうなんて!
先ほどよりも激しく、身体が震えます。
しかし、すぐに、何かがおかしい気がしました。
そして、その理由に、ミーシャを見て気付きます。
「……御主人様。私はミーシャのことを忘れていません。それは何故ですか?」
「それは、ミーシャが、お前の目の前に存在しているからだ。そうでなければ、すぐにお前の記憶は薄れ、ミーシャのことは忘れてしまうだろう」
「……!」
私は、耐えられなくなって、ミーシャの身体を抱きしめました。
そうしなければ、ミーシャが消えてしまうような気がしたのです。
「お、お姉様……?」
ミーシャは、戸惑った様子で、私のことを呼びました。
「安心しろ。お前は既に、ミーシャの姉になっている。ミーシャと離れても、忘れることはない」
「……本当ですか?」
「ああ。どうだ、嬉しいだろう?」
「はい!」
私は、本気で彼に感謝してしまいました。
ミーシャのことを忘れてしまうなんて、私には耐えられません。
完全に妹のことを忘れて、その罪悪感すら抱くことがない、という状況を想像するだけで、魂を切り刻まれる苦痛を感じるのです。
「……まったく、お前の妹に対する執着は病的だな」
彼が、心の底から呆れた、といった口調でそう言いました。
私は、思わず彼のことを睨んでしまいます。
「御主人様だって、『妹』のことを特別視しているではありませんか」
「……」
彼は、意表を突かれたような顔をします。
このことは……他人が指摘してはいけないことだったのでしょうか?
「……廃人にならなかったことに、感謝するんだな」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「ふん。自分で考えろ」
常に自慢げで、ほとんどの質問に対して即答する彼が、今回は答えることを拒みました。
いかに彼が最低の人でなしでも、踏み込んではいけない部分があるのかもしれません。
私は、それ以上は回答を求めませんでした。




