第38話 彼の娯楽
レベッカを加えた私達は、街の外に停めておいた馬車に戻りました。
その近くに、2人の男が倒れているのを見付けて、私は慌てて駆け寄ります。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「スピーシャ、起こすな」
「ですが……!」
「そいつらは、馬車を狙ったコソ泥だ。俺が仕掛けたトラップに引っかかったのだろう。間抜けな連中だな」
彼は、呆れたように言いました。
自分の所有物を盗られないようにするための魔法があります。
この馬車に、彼がその魔法をかけたのでしょう。
「お兄ちゃん。こいつら、殺すの?」
ナナが、目を輝かせながら物騒なことを言いました。
「そうだな、始末するか」
彼が軽い口調で言ったので、私は言葉を失いました。
「御主人様! 相手が盗人であっても、わざわざ殺すことはないでしょう!?」
「こいつらに、生かしておく価値などない」
「そんな……!」
「折角だ。レベッカの能力を試してみるか」
「お願いします! 必要のない殺生を、この子達にさせないでください!」
「お前には、黙っていろと命じたはずだ。これ以上、俺に指図することは許さない。お前が、まだ騒ぐつもりなら……」
彼がそう言ったので、私にお仕置きを加えるのだと思いました。
しかし、彼は私から目を逸らし、何故かレベッカの肩に手を置きます。
レベッカは、ビクリと身体を震わせました。
「レベッカを使って、今すぐに遊ぶぞ? 手始めに、尻でも叩くか?」
「……そんな! レベッカは関係ないではありませんか!」
「俺は、楽しいことをしていたいだけだ。楽しむのを妨害されたら、他の方法で楽しむしかないだろう?」
「……まさか、御主人様は……女の子に人を殺させることが、娯楽だと仰るのですか!?」
「当然だ。それがどうかしたのか?」
「……」
あまりにも……酷すぎます。
彼は、本当に残酷で、極悪非道な人でなしです。
「さあ、レベッカ。お前の力を見せてみろ」
「は、はい……」
レベッカは、ゆっくりと男達に近寄ります。
私は、叫んでそれを止めようとしましたが、ギリギリのところで思い留まりました。
今止めれば、彼は本格的に機嫌を損ねて、レベッカを使って憂さ晴らしをするでしょう。
彼は、私のお尻を、腫れ上がるまで叩きました。
レベッカのことも、同じか、それ以上に叩くはずです。
そして、そのことによって苦しむ私を眺めて楽しむに違いありません。
さらに、彼はそれで済ませることはないでしょう。
もっと酷いことをして、レベッカを苦しめることは、容易に想像できます。
そのような状況にレベッカを追い込むことは、私には出来ませんでした。
「あ、あの……この状態で魔法を使うと、馬車が燃えてしまうかもしれないのですが……」
レベッカが、申し訳なさそうに言いました。
「……すぐに冷やせばいいだろう? お前は馬鹿だな」
「す、すいません……」
「だが、いいだろう。リスクは、なるべく避けた方がいい。ナナ、手伝ってやれ」
「はーい!」
ナナは、嬉しそうに男達に駆け寄り、2人を掴んで放り投げました。
地面に叩き付けられて、男達は呻きながら目を覚まします。
「やれ、レベッカ!」
「は、はい!」
彼に促されて、レベッカは男達に赤い光を放ちました。
男達が炎に包まれます。
悲鳴を上げる間もなく、2人の姿は、炎の向こうに消えました。
全てを焼き尽くすかのような巨大な炎が、私達にも、激しい熱波を送ります。
レベッカにそれを命じた張本人である彼は、不快そうに言いました。
「レベッカ、早く消せ!」
「は、はい!」
レベッカは、今度は青い光を放ちました。
すると、炎は消えて、巨大な氷の柱が現れます。
辺りの温度が急激に下がり、少女達は寒そうに身体を震わせました。
「……レベッカ。お前は、力の加減ができないようだな?」
「す、すいません……」
レベッカは、再び赤い光を放ちました。
氷の柱が溶けて、崩れ落ちます。
それによって、辺りに漂っていた冷気が和らぎました。




