第36話 私の後悔
夜になって、私達は、レベッカと会った場所に赴きます。
レベッカは、昼間と同じように、ぼんやりとした様子のままで佇んでいました。
彼女の両親は、こんな時間に娘が外出しても、平気なのでしょうか……?
レベッカは、物音を立てないように、慎重に抜け出したのでしょうが……私は、家を抜け出すことを許した彼女の両親に対して、怒りを覚えました。
彼が、腕組みをして命じます。
「俺達を、人目につかない場所に連れて行け」
「……こっち」
脱け殻のようなレベッカは、彼の命令に淡々と従います。
彼女の魂が、ほとんど魔物に食べられてしまったことを思うと、今にも泣き出してしまいそうな気分でした。
レベッカは、私達を路地に誘導しました。
周囲に人気がないことを確認して、彼は言います。
「お前は『マニ』だな?」
彼がそう言った瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われました。
その言葉は、彼が聖堂でミーシャに言ったのと、全く同じものだったからです。
「……」
レベッカは、その言葉に対して、何の反応も示しません。
しかし、その顔からは、表情が完全に消えました。
そして、人形のようになったレベッカの身体から、見覚えのある白い靄が、漏れ出すように現れます。
この靄は、ミーシャの時と同じ魔物……マニです。
妹を失った時のことを思い出して、私の全身が震えました。
しかし、それを見た彼は、満足そうに頷いています。
彼の、まるでマニの存在を歓迎しているかのような表情を見て、嫌悪感が高まりました。
「マリー、あのマニを撃て!」
「任せて、パパ!」
マリーは、ミーシャの時と同じように、一条の閃光を放ちました。
その光が靄を撃ち抜くと、魂を失ったレベッカの身体が、その場に倒れ伏します。
ぐったりとした少女を見て、私の目からは涙が溢れてしまいました。
「お前は、どうして泣いているんだ? 俺の召使いなら、コレクションが増えることを祝うべきだろう?」
彼は、興奮が抑えられないような口調で言ってから、レベッカの亡骸へ駆け寄って行きました。
この男が、レベッカに新たな人格を入れることは、阻止すべきではないか……?
頭の中で、そのことを本気で検討します。
彼が新たな人格を与えても、レベッカが生き返るわけではありません。
ただ、彼にとって都合の良い、操り人形のような少女が生まれるだけです。
そうやって肉体だけが生かされたとしても、彼に虐げられる運命が待っているのであれば……いっそのこと、このまま死んでしまった方が、レベッカの魂も救われるのではないでしょうか?
それに、新たな命を生み出すことは、本来であれば、神様だけが有する能力です。
彼はもちろんですが、たとえ深淵の魔女であっても、新たな魂を生み出す権利などありません。
ですが……私は、彼を止めるための行動を起こすことを、躊躇してしまいました。
人の命を奪う権利だって、人間にはありません。
私にも、レベッカの肉体を、このまま死なせることを決める権利などないのです。
私の妹になった少女達のことを見ます。
彼女達は、彼にとって都合の良い人格として生み出されましたが、全員が同じ性格というわけではなく、個性があります。
その個性すら、彼が意図的に作ったものですが……時々、彼女達は、彼の予想に反する言動をするといいます。
僅かであっても、彼女達の魂は、それぞれの身体に残っているのではないか……そんな気がして仕方がありません。
そうして、私が必死に悩んでいる間に、彼はレベッカの頭に、手を置いていました。
思わず声を上げそうになりましたが、必死にこらえます。
彼は、嬉しそうに言いました。
「さあ、お前も、俺のコレクションとして生まれ変われ! お前は……俺の『オモチャ』だ!」
……やはり、彼のことは、何としてでも止めるべきでした。
この世の終わりを告げられたかのような衝撃に襲われながら、私は激しく後悔しました。




