第32話 魔物の巨体
翌日も、私達はゴーラス高原を馬車で進みました。
時々、魔物が姿を見せますが、こちらに襲いかかってくることはありません。
この辺りには、慎重な魔物や、主に草を食べる魔物などが多いようです。
あまり連戦することができないという制約のある私達にとっては、戦いを避けられるのであれば、その方が助かります。
「師匠! あの魔物の群れは、私達のことを、ずっと狙っているようです」
レミが、警戒した様子で言いました。
彼女が指差した方を見ると、数匹の魔物が、こちらの様子を窺っています。
隙があれば襲ってしまおう、と考えているのかもしれません。
「そうか。マリー、こっちに来い」
彼が手招きをすると、マリーは嬉しそうな顔をして、彼に飛び付きました。
そんなマリーの頭を、彼は愛おしそうに撫でます。
「パパ、あの魔物を撃つの?」
「ああ、1匹だけな」
「えー? もっといっぱい、撃っちゃえばいいのに」
「余計なことを考える必要はない。絶対に外すなよ?」
「はーい」
マリーは、人差し指を、魔物の方に向けました。
そして、少しの間、狙いを定めます。
その様子を見て、この子が、ミーシャに憑いていたマニを撃った時のことを思い出してしまいました。
マリーは、あの時と同じ魔法を放ちます。
閃光が、1匹の魔物を貫きました。
撃たれた魔物は、悲鳴のような鳴き声を上げて逃げ出します。
すると、他の魔物も、私達を狙うのは危険だと判断したらしく、一斉に逃げ出しました。
「やったよ、パパ!」
「ああ。さすがは俺の娘だ」
彼は、満足そうにマリーの頭を撫でました。
それを見て、ナナは不満そうな顔をします。
「お兄ちゃんって、マリーには甘いんじゃないの?」
「そんなことはない。こいつは、魔物を1匹、揺れる馬車の上から正確に撃ち抜いた。素晴らしい腕だ」
「でも、撃った魔物は死んでないよ?」
「今は、追い払うことが最優先だ」
「死ななかったんだから、完璧じゃないでしょ?」
「そんなことはない。今、何が大切なのかを理解した、素晴らしい仕事だった」
彼は、そう言いながら、マリーの頭を繰り返し撫でます。
マリーは、父親である彼に撫でられて、とても嬉しそうな顔をしています。
ナナは、納得できない様子で、頬を膨らませました。
彼は、ナナに対してだけ、やたらと厳しいように思えます。
何だか、好きな女の子に意地悪をする、幼い男の子のようでした。
ひょっとしたら、彼は、妹という存在に対してだけは、特別な感情を抱いているのかもしれません。
そうだったとしても、あまりに子供っぽい言動ですが……。
この日は、何事もなく順調に進みました。
魔物に襲われることもないまま、翌日の朝を迎えます。
「今日中には、目的の街に着くだろう」
「そうですか……」
「まだ、気を抜くなよ?」
「はい」
私達は馬車を走らせます。
ようやく、この高原から離れることができる。それは、とても嬉しいことでした。
しかし、街が見えるまでは、安心することができません。
「師匠! 進行方向に、大きな魔物がいます!」
レミが警告を発しました。
皆が身構えていると、徐々に、巨大な魔物の姿が見えてきました。
その大きさに、私は驚きます。
その魔物には、こちらを押し潰すような圧迫感がありました。




