第30話 父の話
彼は、魔法で、小さな人型の光を生み出します。
その人型は、四方八方へと散って行きました。
普通の人間でも使うことのできる、接近者を探知するための魔法です。
何者かが近付いてくれば、あの人型は、術者である彼に知らせてくれるでしょう。
「これで、魔物が近寄ってくれば、すぐに察知することができる。どうだ? 俺は、女の力を借りてばかりではないぞ?」
「……素晴らしいと思います」
私は、心にもないことを言いました。
確かに、全てをレミや他の少女達に任せるよりは、良いのだと思います。
ですが、この魔法は、それほど高度なものではありません。
私には使うことのできない魔法ですが、使えたからといって、褒め称えるほどのことだとは思えませんでした。
それにしても……改めて、彼が何者なのかが気になります。
彼が、ミーシャや他の少女達に対して使った魔法は、この世に存在するとは思えないほどのものです。
新たな魂を創造したり、他者に強力な魔法を授けることなど……とても、人間にできることではありません。
神の奇跡にも等しい、と言ってもよいでしょう。
いえ……そんなことができる者が、1人だけいます。
私は、そのことを思い出しました。
「……深淵の魔女?」
私は、その名を呟きます。
しかし、そんなはずがありません。
あれは、誰が広めたのかも分からないお伽噺の中の存在です。
そんなものが実在するなんて、誰も本気で信じてはいないでしょう。
それに……当然のことながら、深淵の魔女は、その名のとおり女性であるはずです。
男性の魔女、などというものは存在しません。それは、魔女とは呼べないからです。
しかし、私が呟いた、その時。
彼は、予想よりも遥かに大きな反応をしました。
全身を震わせ、私のことを恐れているように見たのです。
「お前……どうして、その名前を知っている!?」
「どうして、と言われましても……深淵の魔女は、この地方に伝わる、お伽噺に登場する人物ですから」
私がそのように言うと、彼は、意表を突かれたような顔をしました。
「あ、ああ……そうだったな……」
彼は、取り繕うように言いました。
安堵しているようにも見えます。
彼のただならない反応を見て、私は直感しました。
彼の能力は、深淵の魔女と、何らかの関係があるようです。
深淵の魔女と呼ばれている存在について、私は考えました。
その女は、「持つべきでない者」に力を与え、世界に破壊と混乱をもたらすと言われています。
彼女は、人類が増長した時に現れ、我々を戒める存在だとされているのです。
この話は、私の祖父が幼い頃までは、多くの人に知られていた話だったと聞かされました。
しかし、今では教会から否定され、流布することが禁じられています。
人類に天罰を与えるのは神様の役割であり、魔女などという忌まわしい存在に、そんな権利はないからというのが理由です。
父は、大人になる頃に、祖父からこの話を聞いたそうです。
私も、父から密かに教えてもらいました。
ですが、親から話を聞くことができなかった人達は、深淵の魔女のことを知らないでしょう。
祖父も父も、自分の子供が驕った人間にならないように、戒めとして、あの話を遺してくれたのでしょうが……今となっては、何らかの因縁のようなものを感じずにはいられません。
幼い少女達に、とてつもない力を与えている彼の能力は、深淵の魔女を連想させるものです。
もしも彼が男でなければ、もっと前に、父から聞いた話を思い出していたでしょう。
しかし、彼が男性であることは考慮に入れないとしても……彼の言動は、伝説とはかけ離れた、つまらないものであるように思えました。
幼い少女に仮初めの人格を与え、自分を慕わせて喜ぶ姿からは、とても、人類に天罰を与えるような存在だとは思えません。
それに……人でなしな彼自身はともかく、彼から力を与えられた少女達は、この世界に災いをもたらす者と呼べるのでしょうか?
もしも、彼が常識的な命令だけを下せば、彼女達は、この世界に何の被害も与えないはずです。
彼に従っているだけの少女達を、そのように表現することには、違和感があります。
そこまで考えて、私は気付きました。
彼が深淵の魔女なのではありません。
彼の、少女達に莫大な力を与える能力……それを彼に与えた者こそ、深淵の魔女なのではないでしょうか?
だとしたら、彼の特異な魔法について、説明することができます。
無論のこと、彼に力を与えた者が深淵の魔女だと分かっても、それで何かが変わるわけではありません。
しかし、彼の力が他人から与えられたものだとしたら。
そのことは、彼にとって何らかの弱点になるのではないか、と期待せずにはいられませんでした。




