第3話 私の意地
私の中から、感情が消え失せていきます。
唯一残ったのは、私が私であるための意地だけでした。
この男に、決して負けてはならない。
たとえどんな方法を使ってでも、ミーシャと共に行く。
私は、そのように決断しました。
「分かりました。裸になって跪けばよろしいのですね?」
「……は?」
彼は、初めて表情を凍り付かせました。
私は、そのことに微かな喜びを覚えながら、身に着けている物を次々と脱ぎ捨てました。
「お、おい! そんなことをされても、俺の気は変わらないと言っているだろう!?」
彼は、狼狽えた様子で言いました。
そうです。たとえこの男の言うとおりにしても、彼は私の身体を眺めて満足し、そのまま妹だけを連れて行ってしまうでしょう。
ですから、言われたとおりにするだけでは駄目なのです。
私は、下着も脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になりました。
そして、戸惑った様子の彼に、ゆっくりと歩み寄ります。
ここには、少し前に私が魔法で生み出した、小さな明かりしかありません。
しかし、この薄暗い聖堂であっても、近寄れば、私の身体を詳しく観察することができるでしょう。
間近で身体を見せられて、彼は激しく動揺していました。
この男は、仮に私が脱いだとしても、激しく羞恥し、少しでも身体を隠そうとすると考えていたに違いありません。
しかし、だからこそ、私は彼の予想を裏切りました。
案の定、彼は、平然と身体を晒す私をどのようにすればよいか、判断できない様子です。
彼の反応は、私の想定したとおりでした。
しかし、私にとっての最大の脅威は、この男ではありません。
ミーシャも含めて、周囲の少女達が、どのような反応をするのかが予想できませんでした。
ひょっとしたら、彼を攻撃していると認識して、私を殺すかもしれません。
あるいは、嫉妬に駆られて暴走するかもしれないと思ったのです。
しかし、ミーシャも含めた6人の少女達は、何もしませんでした。
ただ、裸になった私を見て動揺し、俯いたり目を逸らしたりしています。
もっと明るい場所であれば、彼女達が、顔を真っ赤にしているのが見えるのではないかと思えます。
彼女達の反応が、あまりにも普通であることが、私にとっては驚きでした。
私は、彼の命令に従って、その足元に跪きます。
そんな私を見て、今度は彼の方が後ずさりました。
「お願いします。妹と共に、私を連れて行ってください」
私は、改めてお願いしました。
ここまでされて、彼は、どのように思うでしょうか?
ひょっとしたら、逆上してしまうかもしれません。
そうなれば、私を凌辱して惨殺し、そのまま立ち去ってしまうかもしれませんでした。
ですが、そうなってしまったとしても構わない、と思いました。
怖気づいてミーシャを手放せば、私は後悔に苛まれ、生きていくことが出来ないでしょう。
この男から逃げ出さないことは、私が私として存在するために必要なことなのです。
「この……薄汚い売女が!」
彼は、私を罵りました。
その口調が負け惜しみのようになっていることを、私は聞き逃しませんでした。
「平然と裸になりやがって! その醜い身体で、何人の男を弄んだ!? 男に求められることが快感だったか!? 言ってみろ!」
「私は、男に抱かれたことなどございません」
「嘘を吐くな! お前みたいな、見てくれだけがいい女には、町の男達が溢れるほどの供物を抱えて言い寄ってきたはずだ!」
彼の口調には、強い憎しみが込められていました。
どうやら、彼は、大人の女性を憎んでいるようです。
そのことは、幼い少女達をコレクションするという歪んだ性癖から、推測できていたことでした。
「私に好意を示してくださった男性は、何名か、いらっしゃいました」
私は、正直にお伝えしました。
「やはりそうか!」
「ですが……私は、その全ての申し出をお断りしました。私には許婚がおりますので」
「許婚だと!? ならば、お前は……既に人妻ではないか!」
「いいえ。この国では、成人した後に正式な婚姻の儀式をしなければ、夫婦になったとは認められません」
「……その許婚と、肌を重ねたことはあるのだろう?」
「ありません。婚前交渉など、恥ずべきことです」
「……だが、唇を重ねたことぐらいはあるはずだ」
「ございません」
「……」
彼は、黙り込んでしまいました。
色々なことを検討しているのが伝わってきます。
「……とりあえず、服を着ろ! 今すぐにだ!」
男は、上擦った声で、私に命令しました。
どうやら、この勝負は私の勝ちのようです。
私は立ち上がり、脱ぎ捨てた自分の着衣を、改めて身に着けました。