第29話 私の不安
「どうだ? 素晴らしい魔法だろう?」
彼は、私に対して、得意げに言いました。
これほどの破壊を目の当たりにして、素晴らしいなどと……。
とても信じられない感性です。
「……御主人様。この子は、人がいる場所で、この魔法を放ったことがありますか?」
「それは……レミが人間相手に魔法を使ったことがあるか、という意味か? 当然あるぞ?」
「!」
全身が震えます。
一体……どれほどの犠牲が出たのでしょう?
「何だ? まさか、レミが街を消し飛ばした、とでも思っているのか? 手加減させるに決まっているだろう?」
彼は、そう言って鼻で笑いました。
「……そうですよね」
レミが大惨事を起こさなかった、と聞いて、私はホッとしました。
いくら彼が最低の人でなしでも、自分を慕う少女に、そんなことはさせないということなのでしょう。
「人間が大量に死んだら、軍隊が調査に来るかもしれないからな。そんなことになって、大軍と正面から戦うことにでもなったら、魔力がいくらあっても足りないだろう?」
「……」
彼は、ただ保身を考えていただけでした。
この男……ひょっとしたら、少女達が連戦できないという制約がなければ、彼女達を使って世界を征服しようと考えたかもしれません。
そうならなかったことについて、心から神に感謝すべきなのかもしれないと思いました。
「これで、近くにいた魔物も、危険を察知して逃げただろう。しばらくは安心だ」
「……ですが、逃げた魔物が高原の外に出て行けば、周辺地域に損害が発生するかもしれませんよね?」
「知ったことか」
「……」
彼は、他人の迷惑など、全く気にしないようです。
私は、高原の魔物が、他の地域に被害を及ぼさないように祈りました。
私達は、南に向かって馬車で進みます。
魔物は、レミの魔法で遠くに逃げてしまったらしく、近寄ってきません。
これならば、当分は安心して良さそうです。
そう考えていると、マリーが私の服の袖を引っ張ってきました。
「ねえさま……」
「マリー、お手洗いなの?」
私が尋ねると、マリーは頷きました。
「御主人様。馬車を止めていただけますか?」
私がそう言うと、彼は、面倒臭そうな反応をしました。
「壷でさせろ」
「いけません! 女の子に、そのようなことをさせては……!」
「大した違いはないだろう? どうせ、この辺りには遮る物が何もないんだ」
彼は、そう言いながら、周囲を見回しました。
確かに、彼が言う通り、この辺りには木も生えていません。
もう少し先に行く、ということも考えられますが、どこかに魔物がいる可能性を考えると、近くですぐに済ますことは重要です。
今回ばかりは、彼の言い分が酷いとも言えませんでした。
「……それでも、馬車の後ろでした方が、少しは気が楽なはずです」
「この高原には、魔物が何匹もいるんだぞ? 馬車を止める時間は、少しでも短い方がいいんじゃないのか?」
「確かに、リスクはありますが……それでも、女の子の気持ちは、大切にするべきです」
「……面倒くさい女だ。まあ、いいだろう。さっさと済ませるんだぞ?」
彼は、この前の私の言葉を、忘れてはいないようでした。
私は、マリー以外の少女達にも声をかけて、馬車の後ろで済ますように促しました。
その後は何事もなく進み、夜を迎えました。
周囲に気配はありませんが、少し離れた場所には、強大な魔物がいるはずです。
いかにレミが気配に敏感でも、安心して眠れるとは思えません。
「どうした、怯えているのか?」
彼は、私を見て、からかうように言いました。
おそらく、不安な気持ちであることが、顔に出ていたのでしょう。
「……はい」
私は、素直に認めました。
この状況で、意地を張っても仕方がありません。
「ふん、情けない女だ」
「御主人様。私達を、夜行性の魔物から守るための策はあるのですか?」
「当然だろう? 俺を誰だと思っているんだ?」
「……」
何とも、答えようのない質問でした。
そういえば、私は彼の名前すら知りません。
全く知りたいと思わなかったので、今まで気にしておりませんでしたが……。




