表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/82

第2話 彼の「奴隷」

「おはようございます、御主人様」


 目の前の銀髪の少女は、彼を見ながらそう言いました。


 それは、もはや私の妹ではありません。

 妹の姿をした、完全な別人でした。


「おはよう、ミーシャ。お前は、今日から俺の『奴隷』だ。分かったな?」

「はい、御主人様」


 その少女は……ミーシャと同じ姿形で、そして、ミーシャと同じ声で……。

 本日この町にやって来て、知り合ったばかりの男の……「奴隷」としての振る舞いをしたのです。

 私は、しばらくの間、あらゆる思考を停止してしまいました。


「……ミーシャ?」


 私が名前を呼んでも、ミーシャは、いつもの愛らしい笑顔を浮かべることはありませんでした。

 ただ、つまらないものを見るような目で、私を一瞬だけ見たのです。

 それは……明確に、私が妹を失った瞬間でした。


「おい、女。お前の妹だったミーシャは、今日から俺の『奴隷』として生まれ変わった。というわけで、お前とミーシャは今日から他人だ。だから、俺はこいつを旅に連れて行く。分かったな?」

「待ってください! ミーシャの身体を、お助けいただいて……その身体は、今までどおりに暮らすのではないのですか!?」

「馬鹿かお前は? ミーシャは生まれ変わったんだ。お前の妹として振る舞うはずがないだろう?」

「そんな……! それは、あまりにも非道ではないですか! 私にミーシャを返してください!」

「……いいか、女。よく聞け」


 彼は、私のことを見下すような目をしながら、ミーシャの頭に手を乗せました。

 そんな彼を、ミーシャの姿をした彼の「奴隷」は、嬉しそうな顔をしながら見上げています。

 それは、見ることが耐え難い光景でした。


「俺は、マニに食われた女を、俺の女に作り変えて集めている。今日から、ミーシャは俺のコレクションだ。それを奪い取ろうとする奴は……殺すぞ?」

「そんな……!」

「せっかくだ。いっそのこと、ミーシャに殺されてみるか? 今のミーシャは、俺の女に相応しい力を手に入れている。ナイフの1本でもあれば、お前のことなど、一瞬で切り刻んでみせるはずだ。嘘だと思うなら、その身体で試してみればいい」


 彼は、楽しそうに笑いました。

 まるで、人生最高のアイディアを思い付いた、とでも言わんばかりの態度です。


 この男は……最低最悪の人でなしだ。そう思いました。

 私の心に、生まれて初めて、ドス黒い感情が芽生えました。


 出来ることなら、今すぐに、この極悪非道な男を殺してしまいたい。

 しかし……それが難しいことは理解していました。


 先ほどマニを仕留めた少女達の様子を見れば、彼女達が相当な実力者であることは容易に推測できます。

 そして、彼女達は、この最低な男のことを兄や父として慕っているのです。


 彼は、ミーシャも他の少女と同じような力を手に入れたと言いました。

 この、人の道に外れた男は、少女達に強大な力を与えることができる……ということなのでしょうか?

 そのような魔法は、見たことも聞いたこともありません。

 しかし、口から出任せを言っているようには思えませんでした。


 私には、力尽くで妹を取り戻すことなどできません。

 しかし、私のたった1人の大切な妹を、この極悪非道な男に委ねることなど、できるはずがありませんでした。


「でしたら……私を、妹と共に連れて行ってください!」


 私は、必死に懇願しました。


 もはや、これしか方法がありません。

 こんな男と共に旅をするのは、到底耐えられないことです。

 しかし、とにかく妹と一緒にいることが、何よりも重要だと思いました。


 共に旅をしていれば、男の隙を窺うことも、ミーシャを説得することも可能でしょう。

 何とかして、妹を彼から取り戻す方法を見付けねばなりません。


 しかし、彼は……私の言葉を聞いて、鼻で笑いました。


「馬鹿な奴だ。誰がお前など連れて行くか!」

「お願いします! 私も、ミーシャと一緒に……貴方の奴隷にしてください!」


 私は、最大限の譲歩をしました。

 こんな男の奴隷になったら、どれ程悲惨な目に遭うか……想像するだけでも恐ろしいことです。

 そもそも、この国では、奴隷を使用することは認められておりません。人の道に反しているからです。

 しかし、たとえ惨たらしい仕打ちを受けたとしても、ミーシャと一緒ならば耐えられる。そう思いました。


 ところが、彼は、私のそんな悲壮な覚悟をも嘲笑いました。


「冗談じゃない。俺の『奴隷』はミーシャだけだ。まあ、どうしてもと言うなら……」


 男は、そこまで言ってから、私を下卑た目で眺めました。


「今すぐに、全裸になって跪き、改めてお願いすれば……少しだけ考えてやってもいいぞ?」

「!」


 私は、自分の身体を抱いて、後ずさりしました。

 そんな私を見て、彼は満足そうな顔をしました。


「お前のような女に、そんなことは出来ないだろう? まあ……仮に出来たとしても、俺の気は変わらないだろうがな」


 そう言って、彼はゲラゲラと笑いました。


 この男は……私が、それほどのことをして、必死に頼み込んだとしても……妹を連れ去ってしまうと言っているのです。

 それを聞いた時、私の頭の中で、何かが弾けたような気がしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ