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剣と魔法と守護獣の学園  作者: 映月久羽
2章 荒鬼編
9/18

2

 学園の中と言うよりかは、田舎の商店街というのが第一印象だった。黒と白で敷き詰められたタイル。その両サイドには昔懐かしい駄菓子屋や、靴屋、カラオケなどなど。

 雪花菜先生が言うには、全寮制で長期休暇しか外出できない生徒を思ってかいろんな店を用意したとか。ちなみにそこで働いてる人は駒ケ原学園から少し進んだ村の人で、その店で暮らしを立てている人も少なくないらしい。

 あとでよってみるか、と思いながら灰嵜は自分の周囲を見渡す。ざっと見ても百人を超える集団の中で知り合いはいそうになかった。(霜鳥は見かけたがそもそもあいつは知り合いなんかじゃない)

 しかし灰嵜の入学動機であり永遠の想い人である少女はこの新入生の中にいるはず。もしかしたら黒の方かもしれないが、確率は五〇%。念入りに白の方を探しておいて損はないだろう。

「すいませ~ん! 待って下さ~い!」

 そんな時だ。商店街を歩く集団の後方から一人の少女が駆け寄ってきた。

 猫のようにくりっとした大きな瞳。黒く艶のある髪は左側だけがリボンで括られていてサイドテールになっている。その少女が放つ美声は、空気を優しく振動させて耳にゆっくりと伝わってくる。それ自体がオーケストラの演奏にも匹敵する柔らかな音色だ。

 その集団の一番後ろにいる灰嵜はビクッと肩を揺らす。その声には聞き覚えがあった。 

 ――――いや、忘れるはずがない。

「宝林さん……?」

 灰嵜はほぼ反射的に後ろを振り返る。その少女こそが灰嵜の探し求めたていた人物。同じ中学に通いながら思いを告げることができなかった初恋の相手だ。

 灰嵜は彼女が自分に向けて放つ第一声を予想した。おそらく「あの、誰ですか?」だろう。

 無理もない。中学の頃同じクラスだったとはいえ、灰嵜と宝林は挨拶を交わすぐらいの仲でしかなかったのだ。忘れられていて当然だ。

「えっと……もしかして灰嵜君?」

 裏切られた。もちろんいい意味で。

「え……マジですか? 宝林さん俺のこと覚えてたんですか?」

「もちろんでしょ。灰嵜君ぐらい特徴的な人忘れるほうが難しいよ」

 アハッと、宝林は笑みをこぼした。その笑顔の眩しさは太陽すらも霞んで見えるほど。 

「はははそっかー! 俺ってそんなにキャラ濃いかな? あはははは」

 灰嵜はいきなり急接近した(かに思える)少女の前で思いの外テンパッてギクシャクする。自分がそれほどまで宝林の頭に残っているのに感動するが、本当はガシガシと掻いてるその白髪頭のお陰とは微塵も気づくことはない。

「というか、灰嵜君も駒ケ原学園志願してたなら言ってよね。そこに志願してるのクラスで私だけかと思って凄く心細かったんだから」

「ははは。自分もまさか合格できるとは思ってなくて」

 それから宝林からいろんな話を聞かせてもらった。

 一次試験や面接試験のこと、そして家族との別れ。どれもこれもが彼女の口から語られると壮大なドキュメンタリー番組が一つ作れそうである。

「灰嵜君はどうだったの?」

「え……俺ですか?」

 面接試験すっぽかして怪物と戦ってました、なんて言えるはずがない。灰嵜は「普通でした」とだけ答えて苦笑いを浮かべた。

(そういえば俺と燈火以外は、まだこの学園がただの学園だと思ってるんだよな。みんな魔法とかモンスターとか、そんなものが現実にあるとは夢にも思わないだろうな)

 それを知ったら隣にいる宝林はどのような反応をするだろうか。まさかモンスターに怯えて自主退学なんてしないだろうか、と灰嵜は不安に思う。

「は~い。皆さん。入学式の会場に着いたヨ。席は自由だけどちゃんと詰めて座ってネ」

 雪花菜先生が案内した場所は体育館。紅白の幕が外からでも分かるぐらいに所狭しと張られていていかにも入学式という演出を醸し出していた。

「ね、灰嵜君」

「なんですか?」

「隣座ってもいいかな? ほら、知らない人が隣って何か心細いし」

「も、ももも……」

「桃?」

「もちろんですよっ! この灰嵜發斗、宝林さんの近くには誰も近づけさせません!」

「いや、そこまでは望んでないよ」


    ◇◇◇


 体育館の中は冷房も効いてないのに不思議と蒸し蒸しとした不快感はなく、爽やかな空気が流れていた。

 黒の生徒たちは全員左側に並べられた席についていて、白の生徒は右側に座わっている。

 灰嵜は体育館に入る途中で、すでに席についていた燈火と目があったが、燈火は灰嵜が宝林と一緒にいるのを見ると途端に機嫌を悪くしてそっぽを向いてしまった。

 どうしたんだろうかと素で不思議がるも、灰嵜は席についてからはただただ入学式が開始されるのを待っていた。もちろん隣に宝林がいるのでガチガチに緊張して。

「えー、それではこれから第……何回だっけ。なんでもいいや。とにかく! 第何回かの駒ケ原学園の入学式を始めるわよ!」

 アバウトな開始の言葉と共にステージに会わられたのはスーツ姿のエリーナさんだった。いきなり適当すぎる開始に生徒たちははざわめくが、灰嵜はエリーナさんとは一度会って、どのような人物かは把握しているので、特に驚くことはなかった。

「えー式辞とかめんどいのでパス。というかこの学校には教師と生徒以外入れないのでPTA会長とか呼べないのよね。呼ぶ気もないし。じゃ、この学園の本当の概要について説明するわ」

 校長とは思えない発現の数々にさらに生徒たちの困惑の声が上がる。この状況絶対楽しんでるだろ、と灰嵜は呆れつつも次の言葉を待った。

「はい! 実はこの学校! 魔法学校なんです!」

 その一言にドッと観衆は笑いに包まれる……はずもなく、あれだけざわめいていた生徒たちもシンと静まり返り、体育館は白けた空気に包まれた。

 偏差値六〇越えのエリート進学校が実は魔法学校だなんて信じれるわけがない。怒りを通り越して、ただ呆れるしかないのが、事情を知ってる灰嵜と燈火以外の生徒たちの心情だろう。

「おや、信じてないな君たち? 仕方がない……」

 エリーナさんはパチンと指を鳴らして二人の人物を呼び出した。出てきたのは上級生と思われる男女。

 一人はヘラヘラとした金髪の少年で、もう片方は腰まである黒髪を携えた少女だ。

 灰嵜は席の最前列に座っているので二人の顔はよく見えた。そして首にかかるペンダントの形も。

「あれって……」

 少年の首にかかるのは白いキングの駒。そして少女の方は黒いクイーンの駒だ。もし魔法の力がチェスの形に比例しているならばポーンの灰嵜とは圧倒的に格上の存在だ。

「えー。この二人がブラックパンサーとホワイトウイングの長に当たる人物よ。これからお世話になることもあるだろうからよく顔を覚えておくように」

 そこで質問の手が上がった。こんな状況で質問できる強者はただ一人。そう、燈火くらいしかいない。

「おっ、燈火ちゃん。何か聞きたいことがあるのかしら?」

 もちろんなのよ、と言って立ち上がると、燈火は上級生二人の方を向く。

「勝手に話を進めているけど、ブラックパンサーとかホワイトウイングってなんなのよ。派閥か何か?」

「あーそれね。おいおい説明していく予定だったけどこの際だからチャチャッと説明してあげるわ」

 エリーナさんはリモコンのスイッチをを押して投影機を起動させた。

 スクリーンに映しだされたのは『サルでもわかる駒ケ原学園の全て』というタイトルのスライドショー。入学前にもらった格式あるパンフレットは何だったのかというくらいに雑な作りのそれはさらに生徒の困惑を広げる。

「まず駒ケ原学園には学園を二分する勢力、ブラックパンサーとホワイトウイングがあるの。どちらに所属するかは入学前にもらったペンダントの色で決まるのね。黒ならブラックパンサー、白ならホワイトウイングって具合に」

 スライドショーの画像が切り替わり校舎と寮の写真が映し出される。

「この白と黒の派閥は完璧に寮と校舎が別れていて普段の学習生活ではお互い会うことはありません。――それどころか戦ってもらいます」

 ざわめきがいっそう強くなる。この発言に対しては灰嵜も言葉を失った。魔法云々については聞かされていたが今回のそれは初耳だったのだ。

「どういうことですか、それ」

 思わず立ち上がって講義の声を上げる。周囲の視線が集中するが今はそれどころではない。

「君たちはもう少し人の話を聞くという気にはなれないの? 今からそれも説明するというのに……」

 大きくため息をつくエリーナさんだがため息をつきたいのはこっちの方だ。そう言いたげに灰嵜は顔を歪める。

「この学校が魔法学校と呼ばれるのは訳があるの。それはここ一帯に流れる魔力のせい」

 そこは灰嵜は知っている所だが、やはり他の生徒は驚きの声を上げている。

「ここに流れる魔力は無尽蔵に生み出されていき、消費しなければドンドンと増え続け、やがて行き場を失った魔力は暴走し、異能の怪物を生み出すのよ」

「つまり、あの時の蜘蛛鳥は魔力の消化不良が原因で具現化したということですか?」

「その通り。生徒が対立し戦闘で魔力を消費し続けていかなければ、蜘蛛鳥だけではない。さらに強力な怪物さえ生み出すかもしれないというわけ」

 要するに魔法を使った戦闘で魔力を消費していく。それにより怪物の発生を予め防止するということらしい。

「でも。なんで戦闘じゃないといけないのよ。そんなまわりくどいことしなくても、ただ単に魔力を消費していけばいいじゃない」

 燈火が鋭い口調で言及する。

 たしかにその通りだ。わざわざ学園を二分する勢力を作ってまでやることではない。それこそ魔力を消費しさえすればいいのなら、空に目掛けて火でも放ったり、模倣の剣を発現させて素振りでもしとけばいい話しではないか。

「チッチッチ。それじゃあダメなのよね。少なくとも自分の身は自分で守れるくらいには強くなってもらわないと」

「強くなる……? 何のためにですか?」

「怪物が出現した時のため。ほら、いきなり怪物が現れたとして、戦闘経験がない人はどうするの? 逃げる? 無理ね。人間の足で逃げられるほど怪物の力は脆弱じゃない。……十中八九為す術もなく殺されるわ」

 エリーナさんは最後の方を声のトーンを低くしてそう言った。

「でも、わざわざ対立させなくとも」

「残念だけど人間というのは自分から戦闘を求めるほど好戦的じゃないのよ。だから戦わざるを得ない状況を作り出すしかないの。それが白と黒の派閥というわけ」

 雑音が支配する中、灰嵜の頭の中では様々な思考がグルグルと渦を巻いていた。

 エリーナさんの言うことはもっともだ。おそらく彼女は校長として一番長くこの学園に携わってきた。だから怪物の被害にあった生徒の例は嫌というほど見てきたのだろう。

 もう自分の学園の生徒が傷を負うのは見たくない。お気楽そうに見えて、そういうところは誰よりも気を使っているのだ。

「けど、けどそれって! 怪物に傷つけられたくなかったら、自分たちの仲間を傷つけろということですよね。そんなこと俺は……」

「何言ってるんだ。君は」

 見当違いも甚だしいといった様子でエリーナさんは灰嵜の方を見る。

 しばらくした後、やれやれと肩をすくめて金髪の少年に説明するよう目配せした。

「大丈夫だよ灰嵜君。戦闘になった際は両者ともども特殊な結界の中に転移させられるんだ。その結界の中では全身を焼かれようが、切り刻まれようが傷は残らないし痛みもほとんど感じない。要するに格ゲーみたいな感じだね」

「そうなんですか……?」

 半ば信じられないように目をぱちくりさせる灰嵜は金髪少年の表情を窺った。

 嘘はついてない。ついてたとしても灰嵜には見破れそうにないさわやかな笑みだ。

「うん。でもそれだと何時まで経っても勝敗がつかないから、一定のダメージを超えるとこのペンダントが所有者の動きを止める仕掛けになっているんだ。ね? 本当にゲームみたいだろ?」

 金髪の少年はサファイヤのような瞳をまぶたの奥で輝かせながら微笑みかけてくる。言葉に出さないが納得しろという重圧を身体で感じ、灰嵜は頷いて自分の椅子へと腰を掛けた。

「灰嵜君すごいね。校長先生に面と向かって講義できるだなんて」

 隣に座る宝林は目を輝かせてそう語るが、灰嵜は自分の行き過ぎた考えで一方的に批判していただけなので、誇れるものではない。

「そんなもんでもないですよ。ただ恥をかいただけです」

 それでも憧れの少女に褒められるのは悪い気がしない。灰嵜はすこし照れ隠しをしながらまたステージの方へと視線を送る。

「それで、どこまで説明したっけな……?」

「モンスターを具現化させないために、戦闘で魔力を消費する所までですよ校長」

 そうだったそうだった、と二回繰り返してエリーナさんはスライドショーを次に進ませる。

「というわけで魔力を使った戦闘は回避できないが、同じ派閥の者なら気の合う者同士タッグを組むこともできるし、スリーマンセルでもフォーマンセルでも可だ。とにかく、なるべく多く戦闘経験を積んでくれ。それが間接的に自分たちを守る事にもなる」

「ちょっといいですか?」

「なに? また質問? ちょくちょく割り込むのは燈火ちゃんと灰嵜君だけにしてほしいわね」

 いちいち話の腰を折られ、エリーナさんに苛立ちが見えてきた。だが今回の質問は灰嵜でも燈火でもない。普通の生徒から上がったものだ。

「あの、いきなり魔力とか怪物とか言われても実感が湧かないというか、半信半疑というか……本当にあるなら見せて欲しいんですけど」

 それは灰嵜と燈火以外の異能に触れていない一般生徒全員の代表の声だった。確かに証拠も何もない状態で魔力を使えだの、使わなければ怪物が出るだの言われても信じることは出来ないだろう。

「何だそんなことか、頼んだぞお二人さん」

 校長がそれぞれの長に指示を出すと、二人は軽く頷いてペンダントを握ってみせた。

 あの時と同じように握られたペンダントからは光が溢れステージ全体をカッと照らす。


 ――能力開放(スキルイン)


 閃光の中で二人分の声が聞こえた。 

 光が収まるとステージの上には天使の様な翼を纏う少年と、四肢を黒炎で埋め尽くす黒豹を飼い猫のように愛撫する少女。

 生徒たちは騒然とする。

 それはもう疑いから来るざわめきではなく、確たる証拠を目にし、自分もまたそのような異能を使うことが出来る事実によるものだ。

「まあまあ待て、今からこの魔法については順を追って説明する」

 自分も早く能力を発動したい、と興奮する生徒たちを宥めながらエリーナさんはあの日灰嵜に教えてくれた魔制石のこと、魔法の三つの種類、そして発現条件を説明した。

 それに触発されて、あちこちから聞こえてくる『能力開放!』の声。しかし一人として能力が発現することもなく、ただ虚しく掛け声だけが体育館に反響する。

「最初のうちはそんなもんだよ。俺もこの能力を発現させるには一週間くらいかかったし」

 いくら念じても能力が発現しない生徒(女子のみ)に翼を持つ少年は飛翔しながら近づいて励ます。

 すると今度は女子の方から黄色い声援が上がり、男たちの苦悩の叫びと入り交じって、さらにカオスな空間を作り上げていく。

「良い人かと思ったらただの女たらしかよ」

 嫉妬にも似た呟きを放ちつつ、宝林もあの男の虜になってしまうのではと灰嵜は不安に駆られた。

 しかし宝林はキョトンとしたまま微動だにしない。まだ夢を見てるのではないか、と現実のこの光景を信じれてないのだ。

「なんかすごいね。ただの冗談かと思ったら、こんなことが本当にあるなんて」

「ははは、そうだね。宝林さんは魔法とか興味ないの?」

「興味……というか私そういうの信じたことなかったから。あっても超能力ぐらいかな?」

 超能力というのも灰嵜にとっては魔法と大差ないような気がするのだが、そこら辺は置いておく。

「ついでにこの魔制石の形。ランクについて説明するか」

 スライドショーに移されたのは、ポーンからキングまでの六つの駒。

 これが灰嵜が聞きたかったことのもう一つだ。

「魔制石はさっきも言った通り、周囲の魔力を人間が扱えるように変換し、貯蔵する働きがある。けどこれにはもう一つ役割があるんだ」

 それはな、とエリーナさんは次のスライドに切り替えて。

「君たちの内にある魔力を抑えこむ、言わば枷のような役目だ」

 ポーンクラス一〇%。ビショップクラス三〇%。ナイトクラス五〇%。ルーククラス七〇%。クイーン、キングクラス九〇%。

 と、いった具合によくわからない棒グラフがスライドには映されている。

「例えて言うなら、君らが魔法という水を出す水道だとすると、これは栓。ポーンクラスの場合チョロチョロとした水しか出せないが、クイーンやキングクラスになれば、もうそりゃあ轟々と滝のように水を出せるということだぞ」

「だからランクが上がるというのはレベルアップと言うより、科せられた制限(リミッター)が解除されるということだね。ランクをあげるには戦闘を繰り返し、経験を積み重ねていくのが一番かな」

 エリーナさんに付け足すように翼の少年が補足する。

 灰嵜はようやく疑問が解けてすっきりした。

 このペンダントの形はただの飾りではなく、自分の強さを表すための指標だったということ。ポーンクラス一〇%と言うのは本来ある力をまだ一〇%しか引き出せてないということだ。

 一〇%でも十分蜘蛛鳥に渡り合うことが出来たと言うことはランクが上がればもっと強力な怪物にも対応できるということになる。

「本当にゲームみたいっすね」

「灰嵜君もゲームは好きだろ、男の子なんだし。まあ俺は女の子を口説き落とすゲームのほうが好きなんだけどね」

 さらっととんでもないことを言う翼の少年だが、キングの魔制石を所持しているのだから実力は折り紙付きだ。下手に怒らせないようにここは首を縦に振っておいた。

「これで魔法に関しての説明は終了。あー、先にこっちを説明しとけばよかったな。テンポが悪いったらありゃしない」

 大きく伸びをして、エリーナさんは一息つく。

 『能力開放!』とあれだけ五月蝿かった生徒も今は落ち着いたらしく、体育館内はようやく静寂を取り戻していた。

「あとどれくらい説明することが残ってる?」

 エリーナさんが翼の少年に尋ねると、少年は指折り数えて「二三の項目が残ってます」と告げた。

 入学式の開始から一時間と少しが経過してもまだ半分以上も説明が残っているらしい。

「めんどくさいわねー」 

 エリーナさんはダルそうにあくびをすると、また指をパチンと鳴らす。するとボフンとコミカルな音と白煙を上げて、新入生の膝にはクリップでまとめられた何枚かのA4用紙が出現した。

「あとはそこに全部記しておいたから各自目を通しておきなさい。んじゃこれで第何回かの入学式を終わりにしまーす、と」

 エリーナさんは壇上から降りてスタスタと出口へと行ってしまった。灰嵜はまだ聞きたいことがあったのだが、今から追いかけても適当に受け答えられてしまいそうなので、残念ながら追跡は諦める。

「あははは。まああんなふうにマイペースな人だけど校長先生はいい人だよ。美人だしね」

 なぜか翼の少年が締めることとなった第何回かの入学式はここで幕を閉じた。



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