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私立駒ケ原学園とは偏差値六〇越えのエリート進学校で知られる超有名校だ。その敷地面積は東京ドーム五つ分という広大さ。しかも衣食住何から何まで学校側が賄ってくれて自分たちで用意する必要がない。
ここまでなら聞こえはいいが、致命的な問題点が一つ。
「はあ……はあ。結局この山道を登んなきゃいけないのかよ」
駒ケ原学園が山奥にあるということだ。
灰嵜は駒ケ原学園前に停車したバスから降りると、面接試験同様この長い傾斜を登りはじめた。面接試験の時は突然現れた蜘蛛鳥から逃げるため脇道に逸れたが今回は何事も無く順調に進んでいる。
「あれーー!? あんさん久しぶり!」
一緒に山道を歩く者たちの中で後ろから駆け寄ってくる者がいた。灰嵜に声を掛けているらしいが、この学園の知り合いといえばまだ燈火とエリーナさんしかいない。
そういえば燈火の奴どうしてるかなー、と物思いに耽ていると今度は背中をバンと叩かれた。
「無視しないでや、あんさん! こう見えて俺、ガラスのハートなんでっせ!」
灰嵜に馴れ馴れしく話し掛けてくるのは黄緑色の髪の少年。
「えーと……」
誰だっけ? と聞くのは初対面の人物に失礼だ。必死に思い出を漁っていくと一人の人物が思い浮かんだ。
「あ、もしかしてあの時バスに乗っていた……」
「そう! そうそうそう、そうでございまする! この霜鳥寛二あなた様に覚えて貰えて感涙の極み!」
意味不明な敬語をずらずらと並べるこの男は面接試験の日にバスの中で今のように馴れ馴れしく話しかけてきた人物である。あの時は顔面ピアス男と言っても過言ではないくらいに顔中の至る所にピアスをつけていたのだが、今はその跡までもが綺麗サッパリなくなっていた。
「どうしたんだその顔。確か前に会った時はもっとチャラチャラしてたのに」
「合格の通知と同時に、私め心を入れ替えてピアスと言う名の悪しき装飾具を全部取っ払いました。あんなナリじゃ女の子にモテないっすからね」
はあ、と相槌を打つことしか出来ない。別段この男とがどうなろうと知ったことではないが、いかにも不真面目そうなこの男が面接試験(正確には魔力適性試験)に合格したのは灰嵜にとって意外だった。
「いやあ、しかしまた会うことになるとは奇遇ですな。あんさん、面接試験会場に来てなかったから諦めて帰ったのかと思いましたよ~~」
「勝手に決め付けるな。お前が無駄な問答をしてる間に俺は燈火と」
命がけで戦ってたんだぞ、と言い終える前に霜鳥が口をはさむ。
「ええ! まだあの燈火龍美と関わってたんスか! それも二人っきりで。いやあ~~いくら女たらしの俺でもあんさんの物好きには敵いませんわ~~」
なぜか呆れられた視線を向けられる。灰嵜はムッとして言い返そうとするが、その必要はなかった。
「確かにその男は物好きにもホドがあるのよ。けどアンタみたいな愚男よりは百倍マシなんだから」
振り返るとそこには燈火がいた。
あの時以来の再開だが特に変わった様子もなく、ツンケンした態度で話し掛けてくる燈火龍美の姿がそこにはあった。
「げっ! じゃ、じゃあ私めはこれで……!」
燈火の姿を見るなりそさくさと逃げ出す霜鳥。二人の間には何らかの因縁がありそうだがそこの追求はまた今度にしよう。
「よっ。久しぶり。あれからどうだ調子は?」
「別に何もないのよ。強いて言えば、お父様の反対を押し切ってここに来るのに苦労したということかしら?」
「ふうん。そっちは苦労してるんだなあ」
「なによ人ごとみたいに。あんたの親だって自分の子供を手放すんだから、それなりに反対とかしたんじゃないの?」
「全然。むしろパーティーまで開いて祝ってくれたよ。『まさか發斗があの駒ケ原学園にいけるなんてー!』って号泣してたし」
面接試験の時とは違って二人は横並びになって歩く。辺りをキョロキョロと見渡すのはまた蜘蛛鳥が現れないかと疑っているのである。
「そういえばあんたの制服なんで白なのよ」
燈火が指し示したのは灰嵜の着る駒ケ原学園の制服。カッターシャツをすっぽりと覆う白いカーディガンには右側に黒の十字と校章が刻まれている。一方で燈火が着る制服はそれをまったく反転させたかのように、白い十字と校章が左側に刻まれた黒いカーディガンだった。
「男と女で制服の色が違うのか? ほら、霜鳥だって俺と同じ白だったし」
「でもあそこの男子は黒の制服を着ているのよ」
燈火の言うとおり、灰嵜の前を歩く男子生徒は黒いカーディガンを羽織っている。それに女子に白のカーディガンを着ている者だっている。
「うーん。これに共通することといえば」
灰嵜は首にかかったペンダントを掴む。首に掛かっているのは白のポーンの形をしたオブジェクト。これと制服の色は同じで燈火の方も黒のポーンに黒い制服だった。
「確かに。他の生徒を見てもこのチェスの駒で色分けされてるみたいね」
これは灰嵜がエリーナさんに聞きたいことの一つだった。このチェスの駒、もとい魔制石はなぜ白と黒に色分けがされ、チェスになぞられた形をしているのか。
「燈火はどう思う?」
「別にどうでもいいのよ。私はその……あんたと……一緒にいれれば」
「最後のあたりうまく聞き取れなかったんだが、なんか言ったか?」
「な、なんでもないのよ!」
フイと顔を背ける燈火。
灰嵜はやはり女というのはわからん、と言った具合に白一色の頭を掻いた。
◇◇◇
山道を歩き続けること一時間。ようやく駒ケ原学園の校門へとたどり着いた。普通ならばこれだけ歩き続ければ疲労を感じるのは必至なのだが、魔力を身体に取り込んだ者は身体能力全般が強化され、この程度ではへばらない体質になっているらしい。
校門は何重ものシェルターで閉ざされており、自力で開けるのは不可能そうだ。そんな堅牢な校門の前ではいつかのたぬき男が集まった生徒に何か指示を出している。
「えーー入学式の時間が押してるさかい! はよう制服の色ごとに別れてや!」
たぬき男の言葉に生徒たちは渋々と従って色ごとに列を作っていく。灰嵜たちもそこに着くと、
「んじゃ俺は白だから。またな燈火」
「え、ええ。それじゃあ」
二人別々の方の列の最後尾へと並んだ。やはり灰嵜の前で並んでる者のペンダントは白。それに灰嵜と違って魔法がまだ使えないせいか、形は楕円形のままだ。
そんなことで少しばかり優越感に浸っていると、鈍い呻き声のような音が響いて何重にも閉じられたシェルターが開き始めた。
「それじゃあ。黒の人たちはわいに。白の人たちは雪花菜先生についてってや」
たぬき男のが百名近くの生徒たちを引き連れて校門をくぐっていく。そして残された白の生徒たちは未だ来ない雪花菜先生というのをただ待っていた。
「いやあ。スマンスマンヨ。トイレに行ってたら遅れてしまったヨ」
校門の向こうから汗びっしょりになって走ってくる女性がいる。それがたぬき男の言う雪花菜先生というのはひと目でわかった。何しろ右胸にご丁寧にも名札がついているのだ。
「初めまして皆さん。私、雪花菜鏡子というヨ。これからの学園生活でお世話するかもだけど、宜しくネ?」
黒髪のボブヘアーでスレンダーな体型。お団子ヘアーとチャイナドレスが似合いそうな美人だ。
あんな汗臭いたぬき男に案内される燈火に同情しつつ、灰嵜は雪花菜先生の案内にしたがって進み始めた。