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「な、なんでアンタもこの席に来んのよ! 」
予想通りの反応に、灰嵜はさらに肩を落とす。
「仕方ないだろ。ここしか席空いてないんだから。それとも何か? この揺れる車内でずっと立っとけとでも言うつもりか?」
「ええ、そうよ! あんたみたいな一般庶民が私の隣に座ろうなんておこがましいのよ!」
「はぁ……」
なんとも重い溜息を吐く。
これから始まる(予定の)楽しい学園生活の序盤で、いきなり傲慢すぎる人物と関わり合いになってしまったのだからそれも仕方がない。この少女も喋らなければ普通に可愛いのに、と灰嵜はさらにため息。
隣に座らせて下さいお願いします。
なんて、この少女に頼み込んでも、恐らく地球が太陽の周りを回り続ける間はこの少女が首を縦に振ることはないだろう。それは先程の頑固さからわかりきっていることだ。
だからここは灰嵜の方が折れた。つまり彼女の隣に座ることを諦めたのである。
それでも立ちっぱなしのままでもいけないので、補助席を展開してそこに腰を掛けた。
「いやぁ~。あんさんもついてないね~」
そんな時、隣から話し掛けてくる男。
黄緑色の奇抜な髪色に、耳、鼻、舌に付けられたピアス。
ここからくる印象はやばい薬の中毒者。少なくても五回は打ってんだろ、みたいな外見だ。
だが言葉から来る印象はどこか気さくな、頼れる相棒の用な感じだ(したくはないが)。
「……んだよ。冷やかしならゴメンだぞ」
灰嵜はぶっきらぼうに言い放つ。
この男もバスの乗車の時からここまでの灰嵜の動向を目撃しているはずだ。となると、どこかむず痒く、羞恥心にも似た感情が『無視しろ』と告げている。
「いやいや。そんなつもりは滅相もございませーん。ただ私めは貴方様に同情してるのでございます」
そのふざけた口調からして滅相もあることは明白だが、灰嵜はそのまま耳を傾ける。
「なんたって……いきなり出会った相手が総理大臣の娘。燈火龍美なんですから」
「燈火……?」
灰嵜はピアス男の指し示した二文字の苗字に目を細める。
燈火と聞けば今この国を動かすトップに当たる存在、燈火炎虎。つまりは総理大臣が誰の頭にも過るだろう。
総理に娘がいたことにも驚きだが、それよりもそんなお嬢様が自分と同じ学校に通うことに灰嵜は驚きだった。
だが、そう言われればあの傲慢とも言える態度にも納得がいく。
「いやーですからね。あの子にはあんま関わんないほうがいいですぜ? 泣かしたりでもしたら次に日の目を見るのはいつになるかわからなくなると思いますし」
さらっと不吉なことを言うピアス男。それに反論するように灰嵜は。
「総理大臣の娘だろうがなんだろうが関係ねえよ。これから同じ学園に通う仲間なんだから、色眼鏡をかけずに接するのが一番だろ?」
「はは。あんたもあの子に負けず劣らず頑固なことで。ま、忠告はしたしそれでバカを見ることになってもそれは自業自得ということで」
「……」
灰嵜はこのピアス男が彼女の何を知っているかはわからない。
しかしこの男は彼女を彼女として見ていない。総理大臣の娘なんて肩書きばかりを重視して接することを拒み、近寄ろうと、関わろうとしていない。
昔からそうだったのだろうか。彼女は周りから特別扱いされた挙句、まともに付き合おうとしてくれる人物がいなかった。故に傍若無人に振る舞うことで自らも他人との触れ合いを拒むようになった。
延々と続く負のスパイラル。それに囚われ続けている彼女を見て、灰嵜は胸が詰まる思いでいっぱいだった。
「――ったく、これだから女っつーのは」
呟いて灰嵜は補助席を折りたたむ。そして、また彼女の座ってる席まで行くと。
「やっぱ補助席は駄目だ。ガタガタ揺れるせいで酔いそうになる」
ズガン、と了承も得ずに彼女の隣に腰を掛けた。
「ちょ!! なに勝手に座ってんのよ!」
もちろんあがるのは困惑の声。
それでも灰嵜は続けて、
「いいか。お前は凡人だ。俺や他の人間と何ら変わらないただの凡人だ」
「は? 何を言って――」
「だから、ちゃんと自分を見ろ。そして周りを見ろ。それでもダメなら俺がお前を一人の凡人として扱ってやるよ」
「あの……」
「総理大臣の娘なんて肩書きを背負い込む必要はねえんだ。お前はお前でいろ」
「だから……」
「さあ、目を覚まそうぜ、燈火!!」
「目を覚ますのは――そっちなのよッ!!」
ボスっという鈍い音が聞こえた。
(フガ……?)
いきなり口が塞がれたように口内に声が留まり、思ったように喋れなくなる。
灰嵜は視線を下ろして口元を確認すると、そこには丸められたパンフレットが深々と自分の口に突っ込まれていた。しかしまあ攻撃パターンが毎回パンフレットというのもいかがなものか。
「まったく……あんたに何がわかんのよ。知ったかぶりで説教なんていい身分ね」
フンと鼻を鳴らし、燈火はそっぽを向いてしまった。
灰嵜はパンフレットを口から抜いてまた喋りだそうとするが、あろうことか燈火は耳栓を持ってきて、既に装着済みである。
その準備の良さに感心しつつも、灰嵜はとりあえず今はそっとしておくことにした。
この少女とは時間をかけて距離を縮めていけばいい。まだ焦らなくてもいい。そう自分に言い聞かせて。
◇◇◇
『到着しました。場所は私立駒ケ原学園第二受験会場。繰り返します場所は私立駒ケ原第二受験会場』
運転手の機械じみたアナウンスが車内に広がる。
あれからかれこれ二時間半。ようやく灰嵜たちは目的の場所へと到着していた。場所は定かではないが、窓から覗かせる景色は本当にここは先進国か? と思わせるほどの鬱蒼と茂る森ばかり。しかもその森へと続く看板には『この先何メートルかで駒ケ原学園』とアバウトに書かれた手書きの看板が立てかけられてある。
灰嵜たちは周りの生徒と一緒に車内から降りた。
燈火は『私がいつ降りようと私の勝手なのよ』とか言って一緒には降りてはくれなかったが、当然と言えば当然だろう。
「んーーっ……さすが山奥なだけあって、空気が美味しいな」
「空気に味なんてしないのよ」
大きく伸びをしている後ろで、燈火は馬鹿にしたような視線を送ってくる。何だかんだ言って案外早く降りてきたな。
そんなことを考えつつ、灰嵜は燈火の首元にあるペンダントに目を向けた。
それは灰嵜がつけている楕円形のオブジェクトと全く同じ、異なる点があるといえば塗装が白とは対極に位置する黒であるということだけだ。
「あ、お前もそれ持ってたんだ。うーん、黒のほうが格好良いな」
「一次試験合格者には全員これが送られてきてるのよ。あんたも見たでしょ? これが個人の証明になるとか書かれた用紙を」
「そういやそうだったな。でもこれがどう証明になるんだ?」
自分の目の高さまでペンダントを持ち上げると、灰嵜は興味深げに観察する。だが、このオブジェクトに学生用のIDが登録されていて、それを読み取るだとかの近未来的な仕掛けがないのは機械音痴の灰嵜から見てもわかる。要するに見るからにはただの石っころなのだ。
「知らないわよ」
と、燈火が返した瞬間。彼女のか細い首に吊るされたペンダントが少しばかり光ったような気がした。
灰嵜は目をこすってもう一度それを凝視するが、今度は何の変化も見られない。
(何だ……? 特殊な塗料でも塗ってあるのか?)
「なによ。変に考え込んじゃって」
「ん。いや、大したことじゃねーよ」
不思議そうに頭を傾げている所で学校の関係者と思われる中年の男性が号令をかけてきたので、灰嵜はそっちの方へと向かう。
振り返りざまに燈火の方を見てみると、その漆黒のオブジェクトは何かを告げるようにまた光り輝いていた。