幕間:伝説の錬金術師の美容
『サヤって無頓着だよね~』
『うんうん、あんまりお洒落は興味ないの?』
「えっ? いや、そんなことは……ない、と思うけど」
身支度をしていると、“鏡”と“ブラシ”にそんな声を掛けられる。
たしかにサヤは女子力が高いとは言えないが、人に会わないこの生活でも、それなりの身だしなみは整えている、はずだ。
……やっぱり干物女臭が出ていたのだろうか。
『え~、だって髪型のセットに1時間もかけないどころか、1日3時間すら鏡を見ないじゃないか』
『そうだよ、鏡で色んな角度から顔色とか髪型とかチェックして見惚れたりしないじゃん』
『そうそう、クマがひどいと「ああ、この美貌が損なわれるなんて世界の損失だ…」って嘆いて王様からの依頼の調合放り出してクマ取り薬を幽鬼みたいな表情で作りはじめたりしないし』
『お風呂上りに鬼の形相で保湿薬を塗りこみながら体形チェックもしないでしょ~。あとは……』
「………ちょっと待って。一旦まって。………ねえ、まさかそんなこと、やってたのって」
『『グリムだよ』』
「……………………」
グリムはヤバイくらいに才能あふれる錬金術師だ。
だが別の面に関しても、サヤはすでにグリムのことを「ちょっぴりヤベー人だな」と認識していた。
モノたちが節々に語る彼のエピソードは結構ヤバイ。
なんかこう、常人にはあまり理解できないというか、しちゃいけない方向に。そこにナルシストが加わっただけで、変人度の具合が少し増しただけである。
サヤはすでにグリムの人物像に関してスルースキルを会得してきていた。
だがしかし、ここで何もしないのもアレだ。
なんかこう、グリム(見た目はナイスミドルでも中身ちょっぴりヤベー人)に女子力で負けた気がする。
なぜだか妙な敗北感が芽生えはじめ、
サヤはモノたちからグリムオリジナルの秘薬である美容薬を教わり作成することにした。
※※※
「えーっと、満月草に、ルーン草。月光鳥の羽にリーヴの実、それに妖精の粉をすり合わせながら熱乾燥させる」
材料が多い。
「それを三日三晩の間ドラゴンの涙に漬け込んでから、先に調合しておいた癒やしの雫と……」
手順が多い。手間も多い。
「魔力を注ぎ込みながら、熱温度を保って……」
……明らかにすべてが多い。
ここまでするかと言いたい。
その手順と手間の多さに、このレシピを作り上げたグリムの美への飽くなき執念を見た気がする。サヤは途中で何度も作るのを投げ出したくなった。
「や、やっと完成した……」
えらい面倒くさい手順と手間を費やしながら完成した秘薬を飲むと、ひとまず栄養剤のような味ではなく、ちょっと酸味とエグ味のある野菜ジュース的な味だった。味はわりとマトモでサヤは安心した。
……本当なら普通の人は吐き出すレベルの不味さだが、悲しいことに日々、栄養剤に鍛えあげられたサヤの味覚は不味さの感覚に麻痺していた。
ちなみに効果のほどは、次の日、鏡を見たサヤが鏡で衝撃を受ける威力で、美容薬を常飲しはじめるのは当然であった。
──この家は今日も平和である。