2.伝説の錬金術師の釜
錬金術は“釜”を引き継げば使えるらしいが、いまいち要領を得ない説明だったので、詳しく問いただす。
『錬金術の釜は特殊なんだー』
『新品でもないと、ちゃんと継承呪式をしないと扱えないからね』
『だから、グリムの釜をグリム以外が使うには継承をしないと使えないのー』
『釜を受け継ぐ継承呪式は、元の持主の血族か、よっぽど魔力の相性が良い相手しかできないから普通は受け継ぐなんて出来ないけどね』
『だけどサヤみたいな「渡り人」は元々魔力を持ってないから、他人でも魔力同士の反発が起きないで継承できるんだ』
なんでも錬金術師の釜は、持ち主の魔力を宿し、使うごとにその魔力や錬金術式が蓄積されていくらしい。
錬金術式とは、それぞれの錬金術師が独自に編み出し磨き上げていく、いわば錬金術師の研鑽そのものだ。
それを受け継ぐことは実質的に後継者も同然である。
なぜなら受け継いだ本人が習得、あるいは学んだことのない錬金術スキルやアイテム作成でも、受け継いだ錬金術式に組み込まれていれば行使・作成が可能になる。
錬金術式には、それを作り出した錬金術師によって大きな差がある。
同じアイテムを作るにしても、基本の作り方は同じでも、その材料や手順、使うスキルが異なるのだ。
カレーを作るのに例えると、各家庭ごとで使う具やルー、スパイス、隠し味や作り方の手順が違うのと同じだ。
釜を継承すると、継承者は釜に宿った前の持ち主の魔力と錬金術式ごと受け継ぐことになる。
釜の引継ぎは、ある意味強くてニューゲーム。
古い錬金術師の一族が強力なアイテムを作れることが多いのも、その継承をしているかららしい。
それでも才能ある者は一代でも成り上がるし、たとえ古い一族の釜を継承しても、受け継いだ人によって作れるアイテムの差はマチマチらしい。
いくら全く同じレシピでカレーを作っても、作った人によって出来上がりが違うのと同じだ。
まあ、どんな錬金術式でも「グリムの錬金術式には到底及ばない!」とモノたちは言っているが、どこまで本当なのか定かではない。
『継承のやり方は簡単だから、こっちこっち!』
『釜のちょうど正面に印があるでしょう? そこに手をかざして』
「こ、こう……?」
周りの声に押されとりあえず、言われた通りに釜にあった印に手をかざす。
『それじゃあ、はじめようかねえ』
“釜”がサヤに声をかける。
すると、同時に釜が印を中心に光を帯びる。
『魔力認識……固定値《無》………継承適正有………継承呪式発動展開…………』
ぶわりと風が舞い上がる。と同時に釜が強い光を放ち、室内が一瞬真っ白になる。
『魔力流出……対象への循環確認……全転換……』
釜の声だけが響きわたり、そして──
『………《継承完了》』
釜がそう唱えると、サヤがかざしていた手の甲にほんのりと淡く釜と同じ印があらわれる。
「これ……は?」
『無事、継承できた証だよ。アイテムにも刻まれる紋章だから自分のぐらいは覚えときな』
「アイテムにも刻まれる紋章…?」
錬金術師が作ったアイテムには必ずその錬金術師の紋章が刻まれる。
刀でいう銘や、絵画のサインのようなものだ。それが自動的につくらしい。
これは錬金術師個人ではなく錬金術師が使用する“釜”に依存するもので、同じ“釜”で作ったものならば同じ紋章が刻まれるようだ。
それならグリムの釜で作ったアイテムは私が作っても同じ紋章が刻まれることになる。
「それは流石にまずいんじゃ……」
300年前とはいえ、彼は世界に名を馳せる伝説の錬金術師だ。
私のような親族でもないペーペーが作ったものをグリム印で、おいそれと世に出していいのか聞いてみれば、モノたちは「別に問題ないでしょ。アイテムって基本は消耗品だし、300年前の紋章なんてグリムのアイテムをまだ持ってる人でもないと知らないよ」と、サヤの不安をばっさり切った。
何はともあれ、これでようやくサヤは錬金術師としてのスタートラインに立ったわけである