8.出掛けた経緯
「美味しい……! ああ、なんて幸せ」
「大げさだねぇ、あんた」
「そんなことありません! このスールアップルでしたっけ? すごく美味しいです! 普通のリンゴなんて目じゃありません」
「ははっ、そこまで言ってくれんなら育てた身としちゃ、嬉しいねぇ。売り物にならん傷物だけど、もっと食べるかい?」
「いただきます! ありがとうございます!」
出くわした荷馬車に揺られながら、サヤはこの世界のリンゴ──スールアップルに舌鼓を打っていた。
この世界で初めてのまともな食事だと、サヤは本気で感激していた。
それもそのはず。サヤはとうとう栄養剤生活に耐えきれず、家を飛び出したのだ。
話は少し巻き戻る。
※※※
サヤは我慢の限界だった。
いくら生きるのには、栄養剤だけでも身体の栄養的には充分足りるのだとしても、心の栄養が不足どころかマイナスに振り切れている。
まだBランクまでしか作れないが、アイテムを売りに行きたいと、モノ達に懇々と訴えた。
サヤの食い意地……熱意が伝わったのか、村を探すことになった。
村くらいの規模なら商業ギルドもなく、個々の自由取引に近いらしい。
効用さえ示せれば、物々交換も可能だし、ギルド登録されることもないからだ。
村を探しに行こう、と決意したサヤの行動は早かった。
ここで突然だが、グリムさん家の扉には秘密がある。
端的に言えば、魔導扉なのである。
鍵穴の上にルーレットのような円盤のダイアルがあり、そこには0から8の数字が書かれ、ダイヤルの針を回転式で合わせられる。
このダイヤルの針が刺す番号によって、違う場所に繋がるようになっている魔法扉なのだ。
ちなみに0はこの家が実際に存在している場所で、サヤが最初にこの家に入った場所でもある。
この0番は、かなり辺鄙な場所で人間は普通なら立ち入れないようなところにあるらしい。
その魔導扉を使えば村に行くのも簡単そうに思えるが、問題があった。
すでに魔導扉には、街や村と繋がっている場所はいくつかあるが、すでに300年前の話だ。
だから、もしかしたら繋がっている場所も300年で国自体が滅んでいて廃墟になっているかもしれないし、発展していて以前と全くちがう様相になっていることも予想される。
そして今回開いたのは、3の扉。
そこは、スール大陸の端、山間地帯に繋がる扉だった。
この3番扉を使うのは、単に消去法だ。
他の扉が繋がっている場所は、かつての大国の首都や、希少な素材の採取地などで、そちらはおそらくまだ人の交易が激しい場所か、人の住めない土地だろうというモノ達の推測のもと残った選択肢だった。
その予想通り、3の扉の先は
「見渡す限り森しかないんですけど……」
街道どころか獣道すらない森の中だった。
だが、ここでめげるサヤではない。
心の栄養……美味しい食べ物のため、道を探して森を彷徨い歩いた。
家に帰るのはいつでも出来る。
扉と連動している『帰還の呼び鈴』を鳴らせば、いつでもどこでもグリムの家に繋がる扉が現れるのだ。
数時間以上、森を彷徨い続けたサヤは、ようやく街へリンゴの出荷をした帰りの荷馬車──荷台に等しい馬車 を見つけたのだ。
「やっと人がいる……!」
いきなり道に飛び出したあげく叫んだサヤ。
どう見ても不審者でしかなかったが、荷馬車を引いていたお爺さんは優しかった。
……必死な様子に只事ではないと、同情しだけかもしれないが。
そして話は冒頭に戻る。