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きみたちのこと  作者: 乾ソノト
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父のこと

 父の死に顔は穏やかだった。自ら胸と腹を包丁で突き刺したというのに、何故あのような穏やかな顔で逝くことができたのか、10年以上経った今も理解できずにいる。


 私は父が47歳の時に生まれた。物心がついた頃には壮年をとうに過ぎていたことになるが、私にとっての父は強大で、畏怖の対象であった。しらふの時は優しいが、酒を飲みいったん機嫌を損ねると、声を荒げたり物にあたったりした。母と兄は暴力を振るわれたこともあったという。そういった場面はおぼろげにしか記憶していないが、父が酩酊している間は、みな息をひそめてやり過ごしていた。


 一言でいえば酒乱である。酒を飲まない日はほとんどなく、飲めば必ず記憶を無くすまで飲んだ。金がなく酒が買えない時は、台所の味醂にまで手を伸ばしていたというから、アルコール中毒であったのだろう。酔いが深まると些細なことでも怒り狂い、突然ひとに罵声を浴びせたり、食器を叩き割ったりした。


 父は自営業者で常に家におり、昼間はたいていパソコンでパズルゲームをしていた。病院向けの商品を販売していたらしいが、たいして儲かってはいなかったようで、母はいつも金に苦労していた。私のバイト代や奨学金は、ほとんど家族の生活費に使われる有様であった。


 稼ぎは少なく、かといってまじめに働いている様子もなく、酒を飲んではひとに迷惑をかけ、若くもないので事態が好転する希望もない。まったくもって始末が悪い人間であったが、私は父のことが好きだった。


 誘拐事件の被害者が犯人に好意を抱くことがある、といった話をはじめて聞いたとき、自分の父への好意はそういった類のものなのか、と考えたりもしたが、どうも違うようである。


 少し長くなるが、父のことについて書いてみたい。

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