迷宮捜索記〜後半っ!〜
「氷結鞭っ!」
先手必勝っ。
振り下ろしたアリシアの指先から、ハラリと氷の結晶がこぼれ落ちた。
腰を落とし、ロングソードを抜くあたしがクレアに向かう氷の帯を追尾する。
凍らせちゃっても間違ってたら謝ればいいし。
「大地壁」
地面に両手を着くクレアの前に土の壁がそそり立つ。
パキィィィンッ……。
辺りの空気までも凍らせて、刺さった氷の帯が土の壁を凍結させた。
ガッ!
あたしのブーツの底が洞窟の壁を蹴り上がり、凍った魔法の土壁に足をかけ、距離をおいてクレアの後方に飛び降りる。
「礫石陣っ」
アリシアの魔法が凍った壁を打ち砕き、瓦礫がクレア目掛けて降り注いだ。
「石人形造」
クレアの力ある言葉に降り注ぐ瓦礫が意思を持ち、あたしとクレアの間にゴツゴツとした二メートル程の石人形を創り上げる。
「ヒドイですぅ。急に攻撃してくるなんてぇ」
言葉ののんびりした印象とは裏腹に、クレアの目は油断なく左右に分かれたあたし達を見張る。
にっこりと笑った唇がことさら紅みを増した様に見えた。
「なんかおかしいと思ったのよ。
掘削土除で穴を掘った時、だいぶ落下したのにあんたはその穴からどうやって手を出していたのかしら?」
アリシアの問いかけをあたしが繋ぐ。
「ここまでの道のりも、迷ったとか言う割に分かれ道には無頓着。
思い出話もだいぶグール寄り発言だったしね」
くすっ。
クレアの微笑む唇が異常な程の色気を放つ。
乱れた髪から覗く瞳に吸い寄せられるような感覚に……。
「爆風陣っ!」
吹き荒れる突風が、あたしの身体を吹き飛ばすっ!
通路を吹き飛び、広間の柱に激突した。
「痛ったぁぁ!」
「魅入られてんじゃないわよっ。
バァァカ!」
遠くからアリシアの声が響いてくる。
くっそっっ!
落ちた剣を拾い、通路に目を向けた。
「たっ、助けてくれぇっ!」
響く声に顔を上げ、目に入る異常な光景に一瞬息を飲む。
視線の先にあったのは、所々に掲げられた光球の薄い光に浮かび上がる、壁に塗り込められた男達の顔と手。
なんっ。
こいつら、クレアが誘い込んだ獲物って事?
もしかしたらレナード達も……。
とりあえず今は連れ出せないし、なにより。
「うるっさいっ!
下心丸出しでくっついて行ったくせに、一丁前に助け求めてんじゃないわよっ!
黙って喰われてろっ!」
「ええっっ。そこは、『今助けるわっ。ちょっと待ってて』でしょ?」
「そんなぁ! 助けに来てくれたんじゃないんすかぁ?」
「鬼ぃっ!」
男達の衝撃の顔に、クレアが続く。
「ソリスさん。ひどぉい。
モテない八つ当たりですかぁ?」
殺すっ。
「ゴーレムっ! そこの紅い髪の女を捕まえてぇ」
クレアの声に、それまで微動だにしなかったゴーレムがのっそりとこちらを向く。
イヤだな。ゴーレムは刃こぼれするし、一撃で破壊しないとしつこく動き回る。
つまり剣には向かない。
ロングソードを鞘に戻し、吹き飛ばされた通路を戻る。
「雷光蔦っ!」
アリシアの手から伸びた電気の蔦が、意思を持ってクレアに向かうっ!
狭い通路に加えて洞窟内。下手に威力のある魔法を使うと崩落しかねない。
狭いから問題なわけね。
ガッシャガッシャと重そうに動くゴーレムに対面し鞘ごと剣を外す。
走って来たスピードを維持しつつ、鞘を身体に対して直角に持ったままゴーレムの足の間をスライディングで滑り抜けたっ!
当然鞘がゴーレムの足に引っかかりあたしの身体も急ブレーキ。
ガッシャン。
単純頭のゴーレムはあたしを追って自分の足の間を覗き見る。
「よっこいしょぉっ!」
鞘を力の限り引き戻し、自分の頭の重さにバランスを崩すゴーレムの足元をすくいあげた。
ガシヤァァァンッ!
ド派手な音と土埃を上げてゴーレムの身体がひっくり返る。
その音にちらりと振り返るクレアの背後から抜刀した剣を振り下ろしたっ!
ギイィィンッ!
鋼の震える音に剣を弾くっ!
なんだ?
妙な手ごたえに思わず目を凝らす。
「剣かと思いきや爪?」
「綺麗だと思いませぇん?」
ショートソード並みに伸びた鋼の爪が振り下ろされた。
身を捻りクレアの脇をすり抜けてアリシアと合流する。
「あれ。ちょっと見ない間に随分とズタボロね」
ローブの裾は鉤裂きにあい、顔をかばったであろう両腕にも赤い爪の後が生々しく残っている。
「どこまで転がってんのよっ!」
「アリシアが吹き飛ばしたんでしょが……」
「私の獲物よぉっ」
再度振りかぶってくる爪の一撃を剣で受け、がら空きのみぞおちに蹴りを叩き込む。
「アリシアを喰う気なんてサラサラないわよ」
ザザァッと地面を滑って行くクレアをよそに、アリシアに向き直ると小脇に抱えて走り出した。
「場が悪過ぎる。
さっきの穴から一旦出るわよ」
すぐに呪文の詠唱に入るアリシアの声を聞きながら、元来た道をひた走る。
「飛翔空」
アリシアの力ある言葉に螺旋の風が舞起こり、地面を蹴る足が浮き上がった。
「飛ばすわよっ!」
あたし主体の走りからアリシア主体の風の魔法に切り替わり、抱えていたアリシアにしがみつく。
「見えたっ!」
薄暗い洞窟内でその一角だけが光の恩恵を大地に落としている。
風の力をコントロールしつつアリシアが一旦通路を振り返った。
「追ってこない?」
吸い込まれそうな漆黒の闇に浮かび上がる紅い光が、ちらちらと瞬きながら近づいてくる。
「あれは……?」
見定めようとするアリシアの碧眼が大きく見開いた。
『烈火球っ⁉︎』
「上昇っ!」
アリシアの意思の力に光の中を駆け上がり、広い野原に飛び出すあたし達の足先を着弾した烈火球の火の粉が追いかけてくる。
「バカじゃないの?
あんな狭い空間で烈火球が炸裂したら、自分もタダじゃ済まないわよ」
アリシアがつぶやきながら大地に足をおろした。
「あー。奥の広間に男達が捕まってたんだよね。
依頼人の息子もいたかな?」
あの、異様な光景が蘇る。
「ふーん。今頃クレアは焼肉パーティーね。
イケメンいた?」
「絵面が怖いからやめて」
平気でこういう事言うのに、地面から手が生えてるのは怖いって……。まぁいいや。
「掘削土除っ!」
突如地下から響く声に再び足元が陥没する。
「うわっ」
「しつこいっ!」
叫ぶアリシアの腕を掴み、抜き身の剣を地層に突き立てた!
真下には焼け焦げたボロ服を纏い、乱れた髪の間から紅い魔物の眼光を照らし異質な肌を見せるクレアっ!
「烈火球くらいじゃビクともしないってことね」
「いいから早く上がってっ!
こっちも保たない!」
ズルズルと剣が傾き出す。
「竜吹氷嘶っ!」
「ちょおおぉぉぉいぃっ!」
てっきり飛翔の魔法を使うと思いきや、アリシアの細い手のひらから猛吹雪が巻き起こるっ!
上昇気流だか下降気流知らないけど、渦巻く風に身体が煽られたっ。
ヤバい剣が抜けるっ!
「落ちるっ!」
「風域結界っ」
ボヨン。
風船が弾かれるような感覚と共に、思ったよりも落下せずに動きが止まる。
「解放」
風の風船が割れ凍てつく空気が肌に触れた。
「んふふふっ。あたしの顔に傷を付けようなんてバカなヤツは死ねばいい」
やっぱり根に持ってたね。
氷の柱に閉ざされたクレアと名乗っていたグーラー。
身につけていた巫女服といい、最後の封印に一役買ったという巫女はなんて名前だったんだろう。
「爆風弾っ!」
氷柱に手を添えた、アリシアの細く白い手から放たれる衝撃波に、砕けた氷の破片が陽の光の中に散っていった。
一応。一応確認しておかなくてはなるまい。
洞窟内で烈火球炸裂なんて暴挙には出たが、捕まっていた男達が焼肉になっているかどうかはわからない。
まさか生き埋め放置ってわけにもいかないし。
光球の光と共に煤にまみれた通路を戻る。
アリシアの氷の魔法のおかげか、熱に溶けた岩肌も冷え固まって、崩落までには至っていない。
「扉が閉まってる」
あたしが転がり込んだ、広間に繋がる石戸がぴったりと大きな口を閉じている。
「誰かいる?」
アリシアの呼びかけに、奥から歓声が上がった。
「食料保管庫が焦げるのは避けたかったのかしらね」
「助けてくれっ! グーラーが来る前に」
わめき立てる男達をアリシアが見回す。
「グーラーなら倒してきたから、もう心配ないわ」
男達の人数を数えながら答えるアリシアの声に、歓声が上がった。
「助かったっ。ありがとう、ありがとう」
「いいのよ。全部で九人か。
救出代は別途請求するからね」
にっこりと微笑む。
「え」
「残留ご希望?」
にっこり微笑む背後に立ち昇る黒い気配に、全員一致で支払いを快諾した事は記すまでもないかな。
「この中にレナードはいる?」
アリシアの魔法でゆっくりと壁を掘り進め、全員掘り出し済み。
あたしの言葉に、いかにも軽そうなチャラ男が手をあげる。
「いるならいいわ。
後、扉の封印を切ってグーラーを出したのは誰なの?」
軽く目配せした後、レナードが口を開いた。
「封印がどうとかはよくわからないけど、変なじぃさんにこの洞窟の話をされて、面白半分で肝試しに入ったんだ。
今時、燕尾服にシルクハットなんて格好……。
金を巻き上げてやろうと思ったら」
「ちょっと待ってっ!」
燕尾服にシルクハット……?
アリシアと顔を見合わせる。
「顔。覚えてる?」
あたしの言葉に首をひねる男たち。
「と、確か銀髪を撫で付けてて……。顔は」
覚えて無いんだ。
「なんだかんだと縁が切れないわね」
顔のない魔族。
「一回分の稼ぎにしてはいい方ね」
ほくほく顔で金貨の入った報酬袋を抱きしめる。
そりゃ依頼の報酬とは別に九人分の救出代、個別に請求したからね。
「大きい街に出て服を買って。あれとぉ、これとぉ」
腕の傷は魔法で綺麗に治療済み。
破れた服を着替え、思いは買い物一直線。
資金もあるしね。
「ソリスも短剣一本くらいなら買い直してもいいわよ」
「こら、服代は報酬山分けした後で自腹切りなさいよっ!」