山賊討伐記〜後半っ!〜
縄でくくった山賊Aを先頭に獣道を行く。
「ローブの裾に枯葉がつく。ブーツが傷つく。疲れた。帰……れないぃぃっ!」
「はいはい」
医療宝珠を求めて山賊どものアジトを目指す。
山賊Aの話では、医療宝珠は当然転売目的。四、五日後なら間に合わなかったかも知れない。
「この沢を越えたところです」
友好的に話を進めた甲斐あって、山賊Aはとってもいい子。宝物庫の位置やアジトの間取りなど、それはベラベラ話してくれた。
立ち並ぶ木陰に身を潜め、穴蔵の様なアジトを伺う。
「ああ。烈火球ぶち込みたい」
「お宝回収してからね」
不衛生そうなアジトの前には見張りと思われる男が1人、水分を入れる用の皮袋を手に持ったまま地面に腰を下ろして居眠りをしている。まあ、あの感じだと袋の中身は酒だろうけど。
あたしはアリシアに目配せすると、ソワソワとアジトを気にする山賊Aを目で指した。
「深眠」
山賊Aの後頭部に手をかざすと、アリシアの力ある言葉にAがガクリと膝を折った。
そのまま手近な樹木に縛り付けて軽く作戦会議。
「あぶり出す。斬り込む。吹き飛ばす。張り倒す。奪う」
大真面目な顔で単語を並べるアリシアに、つい冷たい視線を送る。
「アバウトもいいところだわ……。じゃ。決行!」
★☆★
「竜火炎嘶!」
ドゴオオォォォンッッ!
蒼く抜ける空に、轟音と炎の竜が駆け登る!
「なんだっ!」
「敵襲か?」
あんまり気の利いたセリフもなく、穴蔵からワラワラと似たような風貌のおっさんどもが這い出てきた。
「ヒイィィッッ!
虫唾が走るぅっ!」
アリシアが腕をさすりながら、木立の中を足早に穴蔵の真横に移動する。
穴蔵の正面からはかなりの距離を取って、抜き身の剣を引っさげて立つあたし。
「女っ?」
ざわりと不可解そうに辺りを見回す視線。彼らからすれば剣士が1人で攻めてくるなんぞ、怖いもの知らずなバカ女か、正体不明なバカ女か。
「最近イイモノ手に入れたってきいてね。根こそぎかっさらいに来たのよっ!」
注意がちゃんとあたしに引き着くように声を上げると、十数人の山賊どもの背後から『オレっ山賊ですっっ!』と、力一杯主張しているオヤジが現れる。
こいつが頭目か。
「どこで何を知ったか知らねぇが、身の程知らずなお嬢ちゃんだな」
ぬめーっとしたイヤな笑みを口元に、三日月刀の一振り。
「狩れぇ!」
怒号と共に走り来る山賊達に、悪意のこもった言葉が響く。
「竜吹氷嘶っ!」
横手に回り込んでいたアリシアからのきっつい一撃!
あたしの目の前が猛吹雪にかすみ、山賊どもの姿を隠す。
さっむぅぅぅい。
白く色づいた空気が冬の木漏れ日に散った後には、辺りの木々ごと一切合切氷の彫刻の仲間入り。
凍った山賊どもを、アリシアとは反対側から回り込みアジトに入る。
「ヒイッ」
運良く氷漬けを免れた一人と対面するも、完全に腰が引けてる。
「爆風陣っ!」
アリシアの声と共に頭目が吹っ飛んで来ると、あたしの目の前の男に背中から激突した。
下敷きになった男は完全に意識を失っているけど、そのクッションのおかげで頭目は怪我もなし。
チャキッ。
刃を鳴らして倒れた頭目の喉元に突きつける。
「案内して貰おうかな。宝物庫」
アリシアが、もごもごと口の中で呟いた後あたしの肩に手を添えた。
村からの依頼で医療宝珠を取りに来た事がわかれば、あたし達のいなくなった後にまた奪還されかねない。
もちろん人畜害害だらけのこんな連中、完膚なきまでに叩きのめして再起不能にするのは当然として、医療宝珠自体はあたし達が持ち去ったと思わせておいた方がいい。
「臭い。キモい。立ってるだけで痒くなるっ!
焼却処分してやるぅぅ」
アリシアの放つほぼ呪いの言葉を聞きながら、宝物庫までの道を行く。
等間隔に掲げられている魔法の光。土壁に木の扉。
場所も山賊Aの言っていた通り。
「開けて」
背中に突きつけた剣で小突くと、ヨロリと足をもつれさせた頭目が膝から崩れて、はっしと壁に手をつける。
その瞬間っ。
かかかっっ!
八方から弓矢か飛び出してきたっ!
「バカな女どもめっ! 蜂の巣にっ……」
「なりやがれ?」
アリシアとあたしの頭上には、時間が止まったかのように数本の弓矢が宙に浮いている。
あたしの足元には弓音に反応した剣が叩き落とした数本の矢。
頭目の驚愕のまなこに、大きく髪をかきあげたアリシアのエメラルドの瞳が悪魔の微笑みを見せる。
「解放」
あたしの肩から手を外したアリシアの、力ある言葉に弓矢が音を立てて地面に転がった。
「バカねぇ。宝物庫の前に罠なんて、子供の絵本にだって書いてあるわよ」
ふふんっ。とアリシアが鼻で笑う。
「麻痺棘」
「がっ!」
胸を撃ち抜くようなアリシアの仕草に、大きく一度身体をビクつかせて頭目が動かなくなった。
「お宝お宝ぁっ」
アリシアの頭の中はお宝一色。
ノブではなく、木戸に直接手をかざす。
「爆風陣っ!」
ズバァァァンッ!
爆風に、木戸が宝物庫の中に吹き飛ばされた。
「ドア開けて入ろうとかって発想はないわけ?」
「開いたじゃない。ドア。
どうせ鍵閉まってるし。開錠の魔法なんて知らないし」
それは屁理屈……。
蝶番側の壁に斜めにめり込んだ木戸に哀れみの目を向けると、ドアノブの一角に鈍い光を見た気がして、あたしはそれを覗き込んだ。
釘? いや違う。普通に握ったのなら、指のかかる下の位置だ。もっと細くて針みたいな。
そこまで思って、上機嫌に部屋を漁るアリシアの言葉が蘇る。
宝物庫の罠か。確かめようは無いけど、不用意にノブを握っていたら刺さった針から、何らかの被害があったかもね。運の強いやつ。
ザックザックと音を立てて、宝の山を物色するガラ空きの後頭部に、あたしは手刀を叩き込む。
「戦利品の物色する前に、依頼品探せ」
宝物庫の中には地べたに直置きの宝石類やコインとは別に、壁に備え付けられた棚に高級品が収められていた。端から確認するまでもなく、場違いなほどの空気感に自然と目のいく淡い翡翠の輝きを見せるその石は、見る者の全てを温かく包み込む。
色、形、手のひらほどの大きさ、全てテオに聞いていた通り。
何より、この不思議と包まれる感覚。本物と見て間違いない。
「ああっっ。こいつが医療宝珠っっ!」
「テオの手前聞かなかったけど、こいつ売り飛ばしたらメシ屋の賠償払っても、お釣りで一生遊んで暮らしてさらにお釣りが出るわよ」
にやりと笑うあたしにちらりと目を向ける。
「そこまで人間腐ってないわよ。
ドレスに宝石、美味しいディナー。それも魅力的だけど、ズルズルドレスを引きずって、屋敷の中で愛想笑いしてるだけなんて3日も耐える自信がないわ。
あたしは今の生活気に入ってるの」
「それは良かった」
医療宝珠を懐に入れ、持参のデイパックに各々お宝……。報酬を詰め込む。
「質も量もまぁまぁね。これ。本職でもいいなぁ」
「山賊退治? 毎回あのツラ拝みたいの?」
大きなルビーのルースを壁際の灯りに照らしていたアリシアは、あたしの一言に、ギュンっと首を向けてきた。
「絶対無理っ」
デイパックと自分の肩が耐え切れるギリギリまで詰め込んだ報酬を背負って、あたし達は穴蔵から抜け出した。陽の光はだいぶ落ち着いていて、日の入りの早い冬の夕方の気配がするんだけど、薄暗さに慣れた瞳にはこの光さえ若干辛い。
「さぁて。一旦戻ってこいつを返却してこよう」
あたしの声にガチャりとパックを揺らして、アリシアがうなり声を上げた。
アリシアの身体に対して明らかに詰め込みすぎなんだって。
眩しさに瞳をすぼめながら、氷の彫刻もどきを回り込み。
『っっ!』
唐突に。
背中に感じる〈イヤな感じ〉に、同時に背後を振り仰ぐっ!
「んなぁっっ!」
あたしは声が出なかった。
山を削った穴蔵アジト。その上で空中に佇む影には見覚えがある。
仕立てのいい燕尾服。ステッキにシルクハット。
顔の無い魔族。
「またあなた達でしたか。邪魔立ては許さないと言っておいたのに。
さあ、魔石の欠片を渡しなさい」
魔石の欠片?
目を合わせたアリシアが、あたしの胸元にちらりと視線を送ってきた。
っ! 医療宝珠かっ。
幸いこれだけは懐に入れてある。重いデイパックをアジトの穴蔵に放り投げ身を軽くすると、体勢低く剣の柄に手をかける。
一気に臨戦態勢っ!
「§£∃〻∂っ!」
はあっ?
人の言葉では無い発音に、生まれた黒い塊が襲ってきた!
「氷柱槍っ!
GOっ!」
アリシアの周りに出現した数本のつららの槍が黒い塊を穿つ!
ドフッッ!
降り積もった雪の中に倒れたような、包まれる音に黒い塊とつららが消滅した。
剣は抜いたが届かない事には何も仕様がない。
「⌘¢仝っ!」
何事かを発した燕尾服が、ステッキで手近な樹をこつりと叩く。
「お暇そうですからね。終わったらゆっくり頂きますよ。魔石の欠片」
暗く輝く樹の中からレッサーデーモンがわらわらと這い出してくる。
「竜吹氷嘶っ!」
アリシアのかざした両の手から、凄まじい吹雪が燕尾服に向かって突き進んだ!
ふわりと。宙を舞い、余裕すら見せながらソレは隣の樹の枝に飛び移る。
「注意しなくてはならないのは貴方の魔法のみ。
ほらほらレッサーデーモンがやって来ますよ」
表情は全くわからない。
「顔無いのにどこで見て、喋ってるんだろ」
「無駄口叩いてないで、狩るわよ」
近づいて来るレッサーデーモンを一刀にふす。
正直レッサーデーモンなんて、あたし達にはたいした脅威じゃない。ただ、この数はっ。
「竜潰滅砲」
突如空間を裂く金の炎!
それは狙い違わず、高みの見物を決め込んでいた燕尾服の左肩から脇腹を抉るっ!
今のはっ! アリシアじゃない。
振り返ると長い蒼髪の男。その背後からはバラバラと見覚えのある服の男達。
ライオンにヘビの紋章っ!
「竜潰滅砲っ!」
続く2発目はアリシア。
細い腕から放たれた金の炎はおそらく上半身を狙ったもの。宙に飛び上がる燕尾服の膝から下を吹き飛ばすっ!
「くっ」
一瞬。空間ごと憎悪の竜に喰らわれるような錯覚を起こす。
次の瞬間、掴んだシルクハットにヤツの姿は消えていった。
「なっ。なんだ今のは……」
隣で呆然と呟くのは、見覚えのある六芒星。
「ども。隊長さん」
走り抜けざまに声を掛けて、手近なレッサーデーモンの首を一撃で刎ね飛ばす。
「ボサッと突っ立ってないで、兵動かしなさいよねっ! グズ。
竜吹氷嘶っ 。破裂っ!」
アリシアに合図に応えて、まとめて氷ったレッサーデーモンが砕け散り、迫り来る他のレッサーデーモンに降り注ぐ。
「き、きさまらぁ。強いんじゃないか!
2人1組で、必ず仕留めろ! 開戦っ!」
その後は速かった。魔道士が2人に、20人弱の兵士。
勢い余ったアリシアが山を1つ吹き飛ばして、地形は多少変わったが、まぁ気にする程の事じゃない。
「女。教会の神父から話は聞いている。医療宝珠を回収したか?」
隊長の言葉にあたしは無言で上着の胸元を摘む。
「差し出せ」
「イヤだね」
兵士に治癒をかけていたアリシアがピクリとこちらを向く。
「こっちも依頼を受けて仕事してるの。急に割り込んで来て、名乗りもしないでかっ攫おうなんて、随分じゃないの?
隊長さん」
視線がぶつかる。
「テオ神父は、貴女方を大層心配されていましたよ」
蒼髪の魔道士が柔らかな物腰で割り込んで来る。
「私はサンベリーナの貴族使え、宮廷魔道士のルフセンドルフと申します。
話は教会に着いてからの方が良さそうですね」
もちろん。メシ屋の請求書をこの手で破り捨てないと、おちおち旅も続けられない。
「女魔道士。アレを凍らせたのはお前か?」
視線の先は、美しくない山賊の氷の彫刻。
「そうだけど。言い方が腹立つから解凍したくないっ!」
バチバチとアリシアと隊長の視線が火花を散らす。
「私が解凍しますよ」
苦笑いのルフセンドルフが割って入ってきた。
空の色は夕焼けの赤みを増して、空気もだいぶ冷たく頬に触れていく。放り投げたデイパックを密かに回収したあたし達は、手近な岩に腰を下ろしてルフセンドルフが解凍した山賊達の回収作業を見学すしかなくて、このまま全員の準備が整うのを待つ事になりそうだ。
★☆★
あたし達は見張り役紛いの隊長とルフセンドルフを引き連れて、教会の前で待っていたテオに医療宝珠を手渡す。大量の兵士たちは村の外でお留守番だ。
「ご無事で何よりです」
宝珠が無事に戻ったことはもちろん、あたし達が戻ったことにも安堵してくれている空気は感じるんだけど、こっちは人質取られているからね。代わりに受け取った請求書にちらりと目を通すとそれを一旦懐に入れて、別れの言葉を告げ、あたし達は踵を返した。
「待って下さい」
声を掛けてきたのはルフセンドルフ。振り返ったあたし達に真面目な顔で問いかけてくる。
「最近各地で、医療宝珠に準ずる宝珠破壊被害が相次いでいます。あの魔族の事を何かご存知ですか?」
アリシアと顔を合わせた。
「アイツも医療宝珠を狙ってたみたいよ。魔石の欠片。って言ったわ」
アリシアが最低限の情報を出す。
「そうですか。医療宝珠に関しては、外からの魔的干渉を受けないように処理をしました。魔族に狙われる事もないでしょう。
時にアリシアどの。宮廷魔道士になるつもりはありませんか?」
『なにぃ?』
突然の申し出にアリシア、あたし、隊長。3人の声が見事に被った。
「竜潰滅砲は、魔力、知識、センス、全てにおいて秀でていないと、発動する呪文ではありません。宮廷魔道士は、現在五人おりますが、撃てるのは私のみ。
貴女の力が必要です」
「へぇ。アリシアって強いんだ」
「尊敬した?」
「全然」
髪をかきあげ、胸を張るアリシアに首を振る。
ただ性格の悪い超絶攻撃呪文オタクだと思ってた。
「悪いけど興味ない」
当の本人は手を振って、なんの未練もなく教会に背を向けると月の浮かぶ空に両手を振り上げた。
「宮仕えなんてめんどくさい。ストレスで城の屋根が吹き飛ぶかもね」
「もう請求書が回って来るのはこりごりよ。」




