階級喧騒記~前編~
仕事が無。
ギルドの受付で、無駄にフリフリした服を着た受付嬢と押し問答のアリシアを見ながら、あたしはあくびをかみ殺した。
全く、今の世の中ってやつはランクだ階級だと、めんどくさいことこの上ない。
「だーかーらー、なんでダンジョンに入るのにあんたの許可を取んなくちゃならないのよっ」
「何度も申し上げておりますように、無駄死にを減らすためです。
ランクの低い方は入れない決まりなんです!」
金に近い榛色の長い髪。パッチリとした深いエメラルドグリーンの瞳。可愛らしく整ったアリシアのその顔は、今は正面から見ちゃいけないくらいの形相で、ギルドの受付嬢との戦闘を繰り広げている。
人海戦術で攻めたいのか、大人数の募集がかかっていたダンジョン攻略。まぁ正直な話、ある程度の死なない戦闘力があれば、共闘している団体に紛れ込んでのらりくらりとしているうちに、自分を売り出したい「勇者様」があれこれ手を尽くしてくれて仕事が終わってくれるという。あたし達にとってはこれ以上ないくらいの好物件なんだけど。いくら報酬条件がいいからって、入る資格がない以上、もう諦めて他の仕事を探した方が早い気がしてきたな。
受付嬢も可哀想だし、いい加減注目の的と化してるアリシアを回収しようと動いたあたしは、ギルドロビーの空気が変わったのを感じて視線を移した。厳つい顔の衛兵が数人、受付けのあるこちらに向かって歩いてくる。人数は少ないのに統率のとれた軍隊を想像させるその雰囲気が、活気の溢れていたギルド内に波紋を広げるように緊張と静けさを運んできた。
先頭を歩く男の胸には歴戦の、おおおぉぉっとぉ。
ライオンと蛇の紋章に、落ち着きのあるマットな六芒星の存在感が重々しいこと。
こいつはマズイ。
出来れば押し問答真っ最中のアリシアを放置したまま逃げたいところだけど、それをやると今日の夜辺りから暗殺の危険と隣合わせの生活を強いられる事になりかねん。
スッと何気なさを装って受け付けに近寄ると、あたしはアリシアの袖を引いた。
「アリシア、振り返らずに一旦出よう。ヤバイの来てる」
ここで勘違いしてほしくないのは、あたしたちは別に犯罪者って訳ではないってこと。衛兵から逃げなくちゃなんない理由がある訳ではない。んだけど。
あたしを見た不機嫌丸出しのアリシアの視線に、隙をついた受付嬢が助けを求めるように受付に立ったその人物に声をかけた。
「あ。バイルド隊長お疲れさまです。お急ぎですよね。ね?」
「ご苦労。火急ではない故、後でかまわん」
しかし理解と助けを求めるその声は、すん。とした渋めの声にぶった斬られる。
「あー。はい……」
違うよ隊長さん。受付嬢はSOSを出したんだよ。
なんて教えてやる義理もない。しかし、この塩対応と聞き覚えのある声にアリシアは反応した。あたしの言わんとしていることを理解してくれたようで、受付嬢にフンッと鼻を鳴らすと、男たちの方を向かないように注意して受付から離れていく。
にしても態度悪すぎだろ。
「手間取らせて悪かったね」
あたしも受付嬢に声をかけてその場を離れようとしたところで、背後からの声に出かかった声をグッと押し殺した。
「おい。そこの偽金髪と錆色頭」
「誰が偽金髪よ!」
あう。アリシアは我慢しきれなかったか。
「しかし錆色って。他に例えようあるでしょう」
アリシアは完全に振り返っちたゃったし、バレたであろう以上は、コソコソする意味は無いか。あたしも赤に近い栗色の髪をかきあげつつ、振り返る。決して錆色なんかではない。
このおっさん。遠目にもしやと思っていたら、やっぱり以前仕事で関わったお偉いさん。
「久しいな。医療宝珠の一件以来か」
にこりともしない冷めた瞳が、威圧すら含めてあたしたちを見下ろしてくる。
ちょっと前に、子供たちの療養施設がある村で山賊に盗まれた医療宝珠を取り返して欲しいと頼まれ、山賊退治をしたことがある。
その時に同じく国の仕事で討伐に出ていたのが、この隊長率いる部隊と長い蒼髪の帝宮魔道士ルフセンドルフとか言う男。今回そっちはいないみたいだけど。
「貴様らも、今回の討伐の参加者か」
何やら満足気に声をかけてきて、懐から出した書簡を受付嬢に渡す。
「受け渡し書にサインをお願いします。それと、この方達は不参加ですよ。ランク不足で!」
書簡と引き換えに差し出した紙切れと羽根ペンを隊長に渡して、受付嬢の口からはイヤミに強調した一言。
その一言に、あたしたち以上に隊長さんが驚いた。
「ランク不足だと? 今回の参加資格は確かランクC。新米兵士程度だぞ」
そんなこと言われてもね。
ちらりとあたし達に向けた視線は、素早く受付嬢へと戻る。
「何ランクだ」
「Eです」
即答。笑っちゃうくらい低いこのランクは、ギルドの最下位。登録したての新米冒険者もいいところ。
「買い被ぶらせちゃってごめんねぇ」
「じゃ。そういうことで」
可愛らしくウインクするアリシアと並んで、軽く手を振ったあたし達は隊長さんに背を向けた。
「待て待て。おかしいだろう、話をさせろ」
サイン待ちの受付嬢も放置して、歩き出したあたし達を焦ったように追ってくる。
「別れ際のしつこい男は嫌われるわよ」
ナンパ男をたしなめるような、クスリ笑ったアリシアの上から発言に一瞬イラついた隊長さんの目付きが、スっと仕事の色を濃くする。
「いや、ちょうど聞きたいことがあると思っていたところだ。根無し草に会えるとは、俺はツキがあるらしい。賊から押収した品。例えば宝物庫に置かれていた金品などが、国の財産として没収されることを知っているか」
うおっとぉ。急に来たな。
さっきも言ったように、山賊に奪われた医療宝珠奪還の際に、あたし達は宝物庫から医療宝珠を回収している。まあ、その時にちょっとだけ迷惑料って言うか、報酬を自己回収してきている。なんせ依頼元の教会が慈善事業の一環だなんて言いやがるから。
「知ってるよ、国の財産になることくらい。だからちゃんと返したでしょ? 医療宝珠」
あたし達が何をしたかバレているようだけど。もちろんそんなことはおくびにも出さずに、ふわりと微笑んだアリシアだって、持参のリュックにだいぶ詰め込んでたはず。
「医療宝珠の話ではない。一掃した山賊どもも、その頭目も林の中で放置されていた輩も、宝物庫の中の金品がごっそりイカれてたと証言している。いろいろと話を聞きたいところだが、件のお前達の働きはあの場にいた中堅兵士たちを遥かに凌駕した。Eランク程度のレベルのものではなかったはずだ。それも合わせて、話し合いしだいではお前たちの悪いようにはしないつもりだが?」
眼光眼光。背後にどす黒いオーラ立ち上ってますよ。
そっちの意思尊重してあげるよ。みたいな顔して、しっかり脅してるからね。
「アリシアよく分かんなーい」
全く相手にせずに歩き出そうとするアリシアに、隊長さんの声は残念そうに息を漏らす。
「そうか、働きと条件によっては成功予定報酬の3倍出してもいいかと思っていたところだが」
ぐぅっ。
ピタリと動きの止まったアリシアから、そんな音が微かに漏れ出た気がしつつ。
3倍なんて、結構いい報酬になるぞ。しかも隊長さんとギルドに恩が売れるとなれば。
「しょうがないわね」
あーあ。釣られちゃったか。
ゆっくりと振り返り、大きく髪をかきあげたアリシアは挑むように隊長さんを睨みつけた。
★☆★
まあ、元々参加のつもりでギルドに顔だしてたわけだし、なんの不都合もないんだけど。
「なんでこうなった」
ついついこぼれたあたしの一言にも、ギルドの会議室入口を警備していた兵士2人はあたしをちらりとも見ずに、警備に勤しんでいる。
窓の少ない壁には魔法の光を蓄えたランプがいくつか掛けてあり、無駄に大きなこの部屋を薄暗く照らし出す。円形に配置された石の机と椅子。そのひとつに腰掛けたあたしは、席をひとつ空けて隣に座る隊長さんに連れられて、ここにいる。
ちなみにアリシアは、地下の練兵場に連れていかれたみたいだけど。
「話をするなら貴様の方が都合が良さそうだったのでな」
机に立て掛けられた大剣といい、腕を組んだ偉そうな態度が全面に飛び出している。
都合ね。山賊共のねぐらから色々とちょろまかしたことは、アリシアと口裏合わせてる時間なかったしな。
さてアリシアならなんて答えるか。
「聞きたいのはランクの件だ」
「え。そっ……ち」
しまったー。
頭の中でぐるぐる繋いでいた言い訳に集中しすぎて、ついポロリとこぼれてしまった言葉は、今更口をつぐんでも戻せない。てっきり盗……報酬自己回収の件とばかり思い込んでいた。
「ほうほう、他に話さなくてはならないことがある様子か?」
わかって言ってんなこのオヤジ。
あたしのやらかしに口角を上げる隊長さんの顔面を、殴打しないでいられたこの忍耐力を褒めてあげたい。
「話さなくちゃならないことなんて、ないけど。聞きたいのはランクのことなんでしょ」
あたしも極力しれっと応えて、佇まいを正す。
「そもそもさぁ、なんでみんなランク付けなんてもんにこだわるの? 金? 女? 力? 地位?」
欲望真っ盛りに並べ立てるあたしに、隊長さんの顔が徐々に曇っていく。
「名誉……とか武勲とかではないのか」
「はっ。食えないものや見えないものに価値はない。あたしは食っていけるだけは稼いでるし、アリシアもその辺は同じじゃないのかな。あの子は特に束縛されるの嫌がるし。そんなこんなでランクを上げる必要性にかられないんだよね」
今回は金欠でギルドの仕事頼ってるけど。しかし名誉だなんて、この隊長さん何気にお坊ちゃんなんだな。
仕事はギルドを通して受ける以上、死なせないためにランク付けするギルドのやり方が分からないわけじゃないけど、田舎の方なら大きなギルドを置かない分即興の厄介事はそこそこ転がっている。
「いつぞやの仕事では、あっちの魔道士娘の魔力は相当だとルフセンドルフ殿が言っていたな」
思い出すようにあごに手をやった隊長さんの、視線が窓の外を見る。
「だからこそだよ。ランクって、低いと何からさせられるか知ってんの?」
その窓から入ってくる風が髪を揺らすのをかんじながら、机に頬杖をついたあたしの言葉を受けた隊長さんは、少し考えてからドアの前に立つ衛兵に視線を投げた。
「はっ。主に近隣住民からの害獣処理依頼や、薬草、薪などの調達になるかと思われます」
急な振りにも狼狽えず答えた所を見るに、この衛兵は冒険者出身か?
新米兵士を一から育てるより、ギルドの紹介状を獲得出来るくらいの経験と実力を持った元冒険者を、ギルドの身元保証人制度を使って抱える城は無くはない。城も即戦力が手に入り、冒険者も兵士として収入の安定が保証される。
「薪拾いにお花摘み。畑を荒らす害獣なんて、中型モンスターからも追いやられるような超小型だよ。アリシアが1発ぶっ放したら、モンスターどころか畑も丸ごと焼け野原だわ」
ノルマを達成しなければ『失敗』のハンコが書類に押されるだけ。
「そこは、魔力の調整を」
「調整!」
その繊細な言葉に驚いてやったあたしに、隊長さんはグッと頭を抱え込む。
「うん。無理そうだな。出来ないと言うより、ヤル気がないと言った感じだが」
分かってんじゃん。
「だが、能力を低く見られるのは損失では無いか」
バンッと石の机を叩く熱血ぶりから見るに、この隊長さんは根っからの兵士なんだろうな。
「あははー。買いかぶりすぎありがとうございまーす。でも、それはそっちの都合でしょ。こっちも生活には困ってないもの」
ありがたいことに、そこそこ強いのは自覚している。だからこそ、下手に名が売れると「国益のため」なんて名目でお声が掛かるのを避けたいのが本心だけど。まぁ、そう言うのはSが付くランクの連中が、進んで犠牲に……あー。喜んで国益してくれる(?)だろう。うん。
こっちは名誉と武勲でカタがつくと思うなよ。
睨み合い、平行線極まりないこの会話に終止符を打つかのように、突如爆発音と大きな揺れがギルドの建物を襲った。
揺れの収まった会議室に、神経を張り詰めた音が通る。あたし、隊長さん、警備兵。その場にいた全員が立ち上がり、臨戦態勢なんだけど。
「なんだ、今のは」
隊長さんの不思議がる声色も分かる。あからさまに襲撃を受けたレベルの音と揺れだったのに肌にまとわりつくような〈イヤな感じ〉が一切ないし、追撃らしきものもない。
会議室の壁に張り付いて、真横にきた小さな窓から外に視線を投げたあたしは、その風の匂いを嗅ぐ。
「揺れは下から来てた。人為的な。爆発物とか、そういう類の揺れ方じゃない。火薬の匂い、煙もない。と言うことは、魔……」
あー。
ある可能性に、あたしは手のひらで頭を抱える。
「練兵場。地下だよね」
ゆっくりと隊長さんを見たあたしの瞳に、引きつる隊長さんの口元が答えを物語っていた。
【後編っ!に続く】