晴天海遊記〜前編っ!〜
「あーつーいー」
街道を行くあたし達に、ギラギラとした太陽の光が容赦なく照りつける。
「暑いの寒いのと、うるさいわね。
外歩いてるんだもの、ある程度はしょうがないでしょ?」
かく言うあたしもこの暑さには正直辟易。
額を流れる汗と共に、赤に近い栗色の短い髪をかきあげた。
「こういう暑い日はさ、冷気魔法の効いたメシ屋の薄暗い隅っこで、フルーツソルベを3つくらい並べて冷たいミックスジュースでも飲みながらダラダラした午後を過ごすべきじゃない!」
「ダメ人間極まりないわね。
お腹壊すわよ」
隣を歩く連れのアリシアにちらりと視線を送る。
金に近い榛色の長い髪、大きな深いエメラルドの瞳にふっくらとしたサンゴ色の唇。
一見して愛らしい外見の彼女も、この暑さにはかなわないらしくだくだくと流れる汗が後を絶たない。
「ほら、この林を抜けたら街が見えるはずだから、ちょっとはシャキッとしなさいよ」
目指すは港町マードリア。
夏、暑い、海。
特に行先のある旅でもなし、ここ最近の急な暑さに至極単純な理由で行き先を決めたけど、確かにメシ屋の隅でウダウダしていた方が有意義な午後だったかも。
街道の先に伸びていた林が途切れ、急に開けた視界に水平線が現れた。
強い日差しを反射して、沖にうねる波間がキラキラと光を放っているように見える。
「気持ちいい!」
低めの堤防から身を乗り出したアリシアの長い髪が海風になびいて、一気に汗が引いていく。
「わ。キレイね」
眼下に広がる青い海、白い砂浜。
そして舞い上がる砂の中から躍り出る、巨大なムカデの魔物。
『……』
んー。
「帰る」
だよね。
★☆☆
港町だけあって、その活気溢れる空気感はいるだけで心がワクワクしてくる。
ここに来る道すがら、商店街に並ぶ見たこともない異国土産や、屋台から漂ういい匂いに目移りがとまらなかった。
マードリアの街並みは見えていたし、引き返すくらいならここのメシ屋でも休憩は出来る。
冷気魔法のおかげでひんやりとした店内の、隅っこも隅っこ。
目の前に色とりどりの山盛りのジェラートを置いて、制覇に挑むアリシアの向かいで、あたしはアイスコーヒーにストローを差した。
注文を取りに来たウエイトレスに聞いたところによるとあの大ムカデ、海水浴場の浜辺に住み着いてしまったらしく、今季の集客に大打撃を与えているらしい。
あたし達の歩いて来た街道沿いの浜辺一帯が閉鎖。
街を挟んで港や漁港と並び夏の稼ぎ時なのに、観光組合は頭を悩ませているのだとか。
これはつまり、退治できればそれ相応の報酬が見込めるんじゃないのかな。と。
★★☆
【マードリア観光組合】
メシ屋のウエイトレスに聞いて、あたし達は大きな看板のかかった建物を訪ねていた。
応接に通されることしばらく。
アリシアの目が部屋の隅から隅までを値踏みするように見渡す中で、やたらと表彰状の類が多いことに気づく。
「ふーん。
観光、漁協、姉妹都市やらグルメ取材、浜辺の環境保護の会。
手広くやってんのね。
これでこの夏稼げないなんて、確かに大打撃ね。
来季以降だって、目処が立たないだろうし」
アリシアの整った顔がニヤリと悪魔の微笑みを見せた。
どれだけ足下見られるか。腹の中は値踏みの嵐なんだろな。
ノックの音に、アリシアがスっと瞳を閉じた。
次の瞬間、パッチリと開いた瞳は愛らしくも知的な魔道士の瞳。
これはある意味才能だよね。
「いやぁ。お待たせ致しました。
私、ここで組合長をしております、レイル-フェナットと申します」
入ってきたのはツルリと頭のハゲ上がった50そこそこのオヤジ。
ソファから立ち上がるあたし達を手で制すと、向かいのソファに座り、手に持ったタオルでおデコどころか頭もぐるっと拭き回す。
「ビーチに住み着いた大ムカデの退治をして下さるとか」
こちらも軽く自己紹介を済ませ、受付で話した内容の確認をするように繰り返してくる。
「ええ。
先程街道を歩いていたら、丁度砂浜から姿を見ました。
聞けばあのムカデのせいで海水浴場の営業にも支障が出ているとか。
私共も腕に覚えがございます。充分にお役に立てると思いますわ」
ググイっと身を乗り出して語る、アリシアのアピールにも余念が無い。
大ムカデを見て『帰る』なんて言ってたのに。
「いやぁ。そうですか。
うーん。実に、そのなんとも……」
何だ? この歯切れの悪い話し方は。
「なにか不都合でも?」
「残念だけど、この仕事は俺達が先にいただいたのさ」
横から口を挟んだあたしに答えたのは、フェナット氏ではなくて若い男の声。
応接に通じるドアを開き、20代半ばと思われる男が姿を見せた。
1人は筋骨隆々の浅黒い肌に短い黒髪。
もう1人は、決して不健康な感じではない白い肌、ギリ細マッチョの部類に入れてやらなくもない銀髪なびく優男。
「オセロ」
ポツリとアリシアがつぶやいちゃうくらい、黒白はっきりとした2人組。
なんだけど。
「なんで、海パン一丁なのよっ」
ここはしっかりとツッコミを入れておかねばなるまい。
「海の仕事ですからね。
正装といいますか、水着で浜辺をきれいにする。
なんの不思議もございません」
事も無げにぶっこんで来たのはフェナット氏。
ちょっと待って。
「もしかしてあたし達がこの仕事をもらったら、あたし達も水着でムカデと立ち回りってこと?」
あたしの一言にアリシアが反応するよりも早く、黒が小馬鹿にするように鼻で笑った。
「服が変わると仕事が出来ないのかい?
お嬢ちゃん達にはちょっと難しいお仕事なんじゃないのかな?」
ムカッ。
あたしはもちろん、隣に立つアリシアからもこの一言には我慢ならないものを感じたんだけど。
とりあえずブーメランパンツで胸を張るな、見苦しい。
「そりゃあ、あたし達みたいな小娘に出し抜かれたら恥ずかしすぎてまともにお仕事受けられなくなっちゃうもんねぇ。
勝てる自信が無いから、あたし達が首を突っ込んで来たのが許せないんでしょ?」
華奢なアリシアが身体の大きな黒に向かいグッと(無い)胸を張り、突っかかっていく。
あー。また始まっちゃった。
全くこの娘はなんでこうも面倒事を引っ張り込んでくるのやら。
「ふーん」
睨み合うアリシアと黒の隣で、それまで言葉を発さなかった白があたしを見ていた。
あたしが気づいた事で、その視線が相方の黒と、睨み合うアリシアに移動する。
「これじゃあいつまで経っても魔物退治に出られないよ。
どうかな。俺達もそこまで言われたら引き下がれないし、ここは早い者勝ちってことで先にムカデを狩った方が成功報酬を頂く」
睨み合っていた2人の視線が火花を散らした。
「いいわ」
「いいだろう」
全く。報酬の額も確認しないで正に売り言葉に買い言葉。
しかも水着でバトルって、どういうことよ。
「それともう1つ」
白がピッと指を立てた。
「ペナルティとして、負けた方は勝った方の言うことを1つだけ聞く。
本来なら俺達が先に取っていた仕事なんだ、それくらいの付加価値があってもいいだろ」
「望むところよ」
「ちょぉいっ!」
あたしに何の相談もなく。
黒白がちらりと目を合わせ、勝ち誇った顔を見せるとあたしたちに背を向けた。
「それじゃ、お先に」
あー。
「ちょっと!
ズルい」
非難の声を上げたって間に合わないって。
「全く。ちょっとは考えてよね」
「だって、あんな変質者みたいな連中に負けたくないじゃない。
急いで出るわよ」
変質者って。
しかし、変なところで負けず嫌いなんだから。
「先に狩られちゃったらどうするのよ」
まあ、我ながらあんまり心配してない口調にはなっちゃったけど。
「そんなの決まってるじゃない」
さも当然と大きく髪をかきあげる。
「辺り一面焼き尽くして、うやむやのうちに逃げるのよ」
「それじゃ犯罪者だよ」
当然のように言うけどさ。
「あのぉ。
とりあえず今までの会話は私にも筒抜けていることを忘れないで頂いたいんですがね」
不信感丸出しの声に振り返る。
ハゲ頭を赤く染め、ぴきぴきっと血管の浮き出ちゃったフェナット氏が立っていた。
「あ。あら、イヤだなぁ。
冗談に決まっているじゃないですか」
大きな瞳をぱちくりとしてフォローしても、もう信頼関係は回復しないって。
☆★☆
そんな中でも依頼料の確認が出来るほど図太い神経を持ち合わせられなかったあたし達は、とりあえず黒白たちと交わしてしまった依頼料早い者勝ちの許可だけは確認して観光組合を後にした。
だってねぇ、大ムカデを倒しても依頼料が入ってこないなんて最悪の事態は避けなくちゃならないもの。
街中の洋品店に駆け込み、とりあえず水着の確保。
依頼料を支払う。という約束の条件に海の仕事は水着着用の事。と念を押されてしまった。
「絶対あのオヤジの趣味よ」
全くのんびり買い物する余裕もありはしない。
サイズの合うものの中から適当にチョイスして代金を支払うと、店主に事情を話してそのまま試着室を更衣室として使わせてもらう。
大ムカデは街の経済にも打撃を与えているらしい。
水着の売れ行きなんてガタ落ちだろうしね。
「飛翔空!」
アリシアの力ある言葉に、巻き上がる螺旋の風があたし達の身体を包み込んだ。
洋品店の出入り口から疾風のごとく飛び出したあたし達は、大通りに立ち並ぶ簡易屋台を吹き飛ばしつつ一路海岸を目指す!
大ムカデがひっくり返っていたら、そのまま飛び去るしかないかな。
白波も穏やかな水平線を目指すように街から飛び出したあたしの視界に、吹き上がる砂の残像が映った。
「いたわ。
左側の砂浜。砂煙が上がった」
反対方向を警戒していたアリシアの肩を叩く。
ふわりと柔らかそうな長い髪をツインテールにまとめて、白い肌に映える蛍光色のピンク、イエロー、ホワイトのド派手な迷彩ビキニ。
その胸元に揺れるフリンジはサイズの誤魔化しに一役買っているらしい。
街道沿いから砂浜に急降下する視界の中で、さっきの黒が鎌首を振り上げるムカデに大ぶりの斧を振り上げた。
すぐそばでは白が砂浜に両手を付いている。
「大斧か。
力押しの脳筋タイプね」
冷めたあたしの一言にアリシアもニヤリと笑う。
「白いのはやっぱり魔導士。
砂の中のムカデを押し出すってことは振動系の魔法。水、熱もありかな」
まだ、大丈夫。
「あたし達を出し抜こうなんて、甘いのよ」
【後編っ!に続く】