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モノクローム・スクリプト  作者: 津蔵坂あけび&九藤 朋
8/8

恋心(九藤作)

 折から強くなってきた寒さのせいか、風邪をひいてしまった。

 私は寝床に横になり、時々、咳込んでいた。

 寅治さんにお身体に気をつけてと書いて送った自分が、風邪をひいてしまっている。

 熱の高さからか思考がとりとめなく溢れ出す。


 寅治さん。


 まるで異世界にいるかのような不思議な人。

 どんな人なのだろう。

 顔立ちは? 

 身長は?

 何を好み、何が嫌いなのだろう。


 ――――詮索好きの女子学生など好まれないだろうか。


 部屋は暖房で暖められているのに、空気が青いような錯覚を感じた。

 嫌われたくないと思っている。

 逢ったこともない男性相手に。

 これではまるで恋する乙女だと苦く嗤ったところで、また咳が一つこん、と出た。

 私の布団の隅で丸くなっていた黒繻子の猫が、その咳に反応してぴくりと耳を動かし顔を上げる。そのまま近寄ってきそうになるのを、私は身振りで止める。


「駄目よ。うつってしまうわ」


 得心した訳でもあるまいが、猫は大人しくまた丸くなった。まるで黒いビー玉みたい。漆黒にきらきらと輝く。


 その時、枕元に、湯呑みの乗った盆と一緒に置いていた籐の籠が、青く光った気がした。


 はっとする。

 籠バッグに入れた寅治さん宛ての手紙は案の定、消えた。

 とすると、この光は――――。

 私は起き上がると縞の浴衣に半纏(はんてん)を羽織り、その中を覗き見る。

 あった。

 つるつるとした、不愛想な紙。

 思わず口許が綻んでしまう。

 文面に目を走らせると、寅治さんは驚きながらもこちらの世界に興味を持たれた様子だった。こちらの世界?

 私は自分の埒もない考えに首を振る。世界が、そういくつもある筈がない。

 けれど実際に不思議は起こっているのだと、私の頭の隅で声がある。

 この、不思議な文通こそがその証拠ではないか。


 手紙には写真が同封されていた。

 見たこともない、不思議な塔のような。

 何だろう。色は私に馴染む鼠色。

 

 よろしければ、あなたの身の回りの世界のことを教えていただけないでしょうか。


 寅治さんはそう仰っている。

 とくん、と胸が鳴る。

 知りたいと、貴方も思ってくれている。

 私も、寅治さんの身の回りの世界を知りたい。

 きっとどこかで繋がる地上に私たちはいるのだから、互いの周囲を手繰り寄せれば、出逢うこともあるだろう。

 風邪が治ったら是非、寅治さんお求めのことを手紙に書こう。

 こういうことは万全の体制で書かないといけない。


 私は半纏を布団にかけ、再び横になった。

 寅治さんから来た手紙は消えないように、籠バッグから出しておく。


 うつらうつらと夢見心地になる。


 夢の中で私は寅治さんと談笑していた。

 お洒落な喫茶店だ。

 色彩が驚くほど明瞭で、なのに私は不思議とも感じず、お話していた。

 顔は朧でよく解らない。

 でもなぜか、好ましいと感じた。

 そういうお顔だと思っていましたと、胸の中で呟いていた。

 寅治さんは難しい機械のお話を楽しそうに話す。

 私はそれに相槌を打ちながら、幸福を感じた。

 なのに、涙が出た。

 頬を透明な雫が伝う。

 寅治さんはそれを見て喋るのを止め、困ったように口籠った。


 これはきっと予感だったのだろう。

 私と寅治さんが真実、異なる世界に住まい、決して出逢うことは叶わないという。


 それがなぜこんなに悲しいのかと言えばもう、答えは決まっていた。

 私は寅治さんが好きなのだ。

 一度も会ったことのない相手を。


 こんな溢れるような感情を私は知らなかった。

 何とか一目でもお逢いしたいという熱を。


 目が覚めた私の目元は濡れていた。ざらざらとした感触をそこに感じると、猫が涙を舐め取ろうとするように一心不乱に舌を動かしていた。私はその小さな頭を撫で、抱き寄せた。命の温もりに慰められる。夢は楽しく悲しいものだった。


 自分の額に手を置く。

 早く熱を下げないと。


 けれど心に点った熱だけは、冷ましようが解らない。





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