返信(九藤作)
帰宅した私は、部屋に置いている籐の籠バッグが、淡く青く光ったように思えて、中を覗き見た。するとそこには、白い紙が一枚、納まっていた。
その紙はつるりとした手触りで、どこか余所余所しい空気を纏っていた。
籐の籠バッグに入れた、私の手紙が戻ってきた訳ではない。明らかに別物だ。私は須磨子さんに宛てて、和紙に花の梳き織りを施した、上質紙を選んだのだから。何ともぶっきらぼうな異性を彷彿とさせる紙を、手に取る。
文字は整っていた。
整い過ぎて、機械を思わせた。
そこには、手違いで私の手紙が、入野寅治さんとやらの元に届いた旨、また、歯車菊に関する質問がしたためられていた。
これはどういうことだろう。
投函したのでもない手紙が、見知らぬ男性の手に渡っている。そして、その男性からの手紙が、いつの間にか籠バッグの中に。
私は何やら空恐ろしくなった。籐の籠バッグは、魔性でも憑いているのだろうか。
それから春子さんのリップクリームの一件を思い出す。
消えたリップクリーム。
消えたハンチング帽。現れたハンチング帽。
薄暗い斜光が窓から私の手元を照らす。
いつの間にか黒繻子の猫が部屋に入り、私の足に身体を擦りつけた。こんな時ばかり、お前はずるいのね。
そう思いながらも滑らかな毛並を撫でてやる。猫は満足そうに咽喉を鳴らした。
窓硝子が初冬の風の到来を知らせる。少し早いが、私はカーテンを閉め、カーディガンを羽織った。底のほうから、冷気が漂っている気がする。程なく、暗く蒼い冬が来るのだろう。
寅治さん。
私は飴玉を転がすように、口の中でその名前を転がしてみた。
素敵な名前だと思う。寅年の生まれなのだろうか。どうせならこれを機に、文通したりは出来ないものだろうか。須磨子さんへの手紙はそれとして、私の興味は未だ見知らぬ男性へと移っていた。歯車菊の写真を添えて、手紙を籐の籠バッグに忍ばせてみようか。そうしたらまた、不思議が起こり、寅治さんの元へと手紙を運んでくれるかもしれない。
「美代さん、何だか楽しそうだわ。良いことでもあったの?」
学校でそう春子に尋ねられ、私は自分の頬が緩んでいたことに気付く。敏いものだ。
少女という生き物は、とかく同年代の異変に敏感だ。そこには、先んじられまいという意識が介在している気がする。私はさりげなさを装う。
「須磨子さんに手紙を書いたの。お返事が待ち遠しくて」
「まあ。届いたら私にも見せて頂戴」
「ええ、良いわよ」
春子の要求をやや厚顔だと感じたが、私は努めてにこやかに承諾した。
寅治さんからの手紙を見せる積りも、その不可思議な手紙の存在を明かす積りも私にはない。
少女という生き物は、かくも純粋でしたたかなのだ。
前略
この度は大変、失礼を致しましたようで、お詫び申し上げます。
ご推察の通り、入野さんに届いた手紙は、本来であれば私の友人に出す予定の物でした。宛名などは正確だった筈です。ですが問題は宛名等の正誤ではございません。それと申しますのも、手紙はまだ投函していなかったのです。投函出来る状態で、籐の籠バッグに入れておいたものが、何の不思議か、入野さんのお手元に届くこととなったようでございます。
重ねての失礼をお詫び申し上げます。
お詫びのついでと申しては何ですが、お尋ねであった歯車菊の写真を同封させていただきます。
寒くなってまいりました。お体にお気をつけてお過ごしくださいませ。
草々
十一月十四日
岡本美代
入野寅治様
やや感情に走る文面となったかもしれない。
私はこの手紙を、歯車菊の写真と共に、籐の籠バッグに入れた。
――――さあ、寅治さんに届くだろうか。