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「アトム誕生の年」

作者: 千葉右郎

西暦2003年は何の年だったろうか?

そう、小さい頃、誰もが夢見たあのスーパーヒーローの誕生日である。

2003年1月10日 11時9分7秒


アトム誕生の年


2003年はアトム誕生の年である。手塚治虫は、自著の「鉄腕アトム」の中でアトムの誕生日をなぜか2003年に設定している。それがなぜかは当の作者が亡くなってしまった現在となっては誰もそれをしることはできない。

このことに関連して、僕が知っていることがあるとしたら、それは彼が生まれた年が西暦ではなく日本の元号で昭和3年であるということくらいである。

あ、そう、そう、それから10年後の昭和13年に石森章太郎(石ノ森章太郎)が生まれてるって事かな? (これはどうでもいいことだが、それからさらに10年後の昭和23年に千葉右郎が生まれている………)

 しかし、いざその2003年が訪れてみると、手塚の描いていた二一世紀初頭の世界と現実にわれわれの迎えたそれとは大幅に違ったものになってしまったようだ。手塚さんがもし生きていたとしたら、おそらく苦笑してしまったろう………

科学は発展し、宇宙には宇宙ステーションが建造されようとしているのだが、まだまだ宇宙旅行が日常的なものになるのは先のことのようだし、日本を始めとして世界の経済は予想外に停滞した。


 その日本では、手塚さんが夢想した人間型の世界最高水準のロボットが現れてはいるが、アトムのような万能のロボットに至るまでにはまだまださらに数十年、あるいはもう1世紀を要するかもしれないとおもわれる。

 そんな中で、少なくとも一つだけは現実の方がマンガを追い越してしまったとおもえるものがある。

手塚は、「鉄腕アトム」のなかのエピソードの一つで「幽霊製造機の巻」というのを著わしている。それは手塚自身にしてもこんなに早く実現するとはおもってなかったであろうと考えられるふしがある………

そう、これはどうみても先ごろその誕生を報じられたばかりの「クローン人間」そのものではないのか。

しかし、手塚はこれをアトム誕生よりもはるかに後のほうのエピソードとして設定しているし、おまけにヒラーという独裁者の命を受けた某国の科学者がその仕事を手伝わせるべく、日本のお茶ノ水博士を拉致して来て、その動物実験を見せるくだりがあるのだが、その実験装置に縛り付けられたニワトリや水槽の中を泳ぐサカナから生まれたクローン生命体はいかにも不完全で、けむのような実体の希薄な存在だったのだ………

そして、その独裁者自身をを最初の実験台にした人体実験は装置が破壊され、総統の死とともにあっけない幕切れを迎えることになる。



手塚治虫がなくなってすでに30年近くが来ようとしているのに、

この地球上にはまだ宇宙旅行すら実現してなく、アトムのような自立型のロボットの姿もまだ現れていない。

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